恋愛について

佐々木正美

恋愛というのは本質的には相手に対する愛情ではなくて、自己愛だと思っています。

ことはとても大事なところですよ。相手を愛しているっていうふうに思っていると、これは基本的には大きな間違いです。だから、宝石を大事にしているようなもので、自己愛ですよ。ダイヤモンドが大好きだといっているのと同じようなところがあるわけです。

自分に対する愛情であるという証拠は、相手の幸せより自分の幸せを願いますから、相手が、例えば自分より好きな人ができたとなったら、それは良かったなんて言ってあげられないでしょう。本当に相手に対する愛情だったら、もっといい人が現れた時に、それは本当に良かったと言ってあげられるわけですよ。そして恋愛が、相手に対する純粋な愛情ではない証拠の最大のものは、自分を裏切るように思えるようなことを相手にされた時に、強い敵意とかに変わるでしょう。ひどい時には殺意に変わる。

要するに、相手の幸せを願っていることではなくて、自分の幸せを願っている感情だから、恋愛を相手に対する愛情だと思ったら大間違いで、自分を大事にしている自己愛、自分を愛している行為だと言うことをよく知らなければいけないんです。

ですから、恋愛は、相手に対する、ある種の利己的な所有欲の感情ですから、ダイヤモンドもいいけれども、エメラルドもいいし、オパールもいいし、というふうになるのは当たり前ですよね。

恋愛を相手に対する愛情だと思っていると間違いで、むしろ気に入ったものへの所有欲ですから、人によってはたくさんのものに恋愛をするということは自然なことでしょう。ですから、あれもこれもというふうになるわけです。

だけど本当の愛情という場合には、相手を思いやる感情ですから、親が子を思いやるような気持ちが、この世にある愛情のもっとも純粋に近いものだと思います。純粋に近い愛というのは、本当は純粋ではない部分が、親が子を思う場合にも若干あるからです。とはいっても相手を本当に思う愛情という意味では、いちばん純粋なのは親が子を思う愛ですね。それは本質的には代償を求めないわけです。ですから、親の方が寂しくなるようなことを子どもがしても、そのことが子どもの、人生の発展につながる時には、非常に喜んで祝福してあげられる、自分の寂しさとか辛さを我慢できる、ということがあるのです。

そういうところは恋愛とは基本的に違うわけですね。ですから、自己愛と他者に対する愛情というのは厳密に区別をしておかなければいけないですね。親が自分の子どもから、よその子どもに目移りするということはないわけですね。本当の愛情というのは、そういうものです。

失恋というのは、例えば高価なダイヤモンドを失ったみたいなものです。だから、大好きな人に失恋をした時は大きなダイヤモンドを失ったようなものでしょう。だけど、本質的にはそれだけのことなんです。また買えばいい。確かに世界一のダイヤモンドもあるでしょう。私たちが会うダイヤモンドというのは世界一ではないかもしれないが、同等のあるいはそれ以上のものが必ずあると思えばいいわけでしょう。あるいはダイヤモンドではなくても、エメラルドだって、オパールだっていいではないですか。

だから、次のダイヤモンドに出会えるまで待っていればいいと、私は思いますね。失恋して悩んでいる若者に、私そう言います。それでも、もうあの人しかいないなんていうのは、それは逃した魚は大きいみたいなものです。だけど、もっと大きい魚はいるのです。そんなさめた気持ちで恋愛ができるかっていわれるかもしれませんが、基本的にはそういうことだと思います。

失恋してしまった場合にはですね。だって、それは相手が自分よりもっといい人がいるって言っているんですからしかたがないでしょう。恋愛は必ずしも相手に対する愛情ではなくて、しばしば自己愛だと私は思うんです。恋愛っていうのは、かなり利己的な感情なわけですね。利己的な愛情がお互いにうまくかみあっている時に、恋愛は成立しているように見えるわけですね。そこが分かれば、そんなに嘆くことはないですね。

全くないですよ。自殺なんてもったいない。次にもっといいダイヤモンドがありますよ。

苦しいでしょうね。いいダイヤモンドを落としたときにはね。高価ないいダイヤモンドを落としたときには苦しいでしょう。その苦しみは、あるのは当然かもしれませんけれど、それ以上のものではないですよ。

自分を愛する気持ちというのは、他を愛する気持ちより強いのです。自分への愛が傷つくのですから、辛いでしょうけれども、その人しかいないというのではない。それから、恋愛のその時の気持ちというのは、さなかの時はなかなか冷静になって物が考えられないですね。だけど、失恋した時に、いいダイヤモンドを落としてしまったというくらいの気持ちになって、早く気持ちを切り換えてほしいと思います。

どんなすごい魚を釣り落としたって、それ以上大きいのは必ずいるんだ。クジラだっているんだ、という気持ちですよ。だけど恋愛というのは、人間の本能的なものがあるわけです。性衝動とか、自己愛とか、さまざまなものがからまっているので、本能的なものというのは理屈では整理できない部分があります。そんなに簡単ではないということは分かります。分かるんですが、失恋した時には、そういうことかということに若者は、早く気づいてもらいたいですね。

参考:愛されるより、愛したい  ~フロムが語る愛~