佐々木正美 幼児期前半1 衝動と自律性
●未来を知る
乳児期を終えて、人を信じることと、自分がこの世に生まれて存在することに、基本的な安心感を感じることができるようになりますと、子どもは1歳過ぎあるいは1歳半頃から、躾などによる周囲の人からの要求に出会うことになります。
しかし、歩き始めて1~2年間の子どもの感情は、最初のうちとてもはげしくなり、しかも反省するという気持ちはほとんどありません。自分の欲求や希望がすぐに満たされないと、かんしゃくを起こして泣いたり怒ったりするのが普通です。この時期の子どもが、自分の衝動を変更したり、後まわしにしたりすることができないのは、未来についての感覚がないからです。そして、その未来についての概念や感覚は、未来を信じることができるような気持ちとともに育ってきます。ということは、未来に対して楽しいことが起きるという予感が膨らんでくるような、毎日の生活が与えられることが必要です。ですから、周囲の人を信じ、自分を信じることができるような感覚が、その前提として育てられていることが大切なのです。
● 衝動のコントロール
子どもが社会的人格を作り上げていく上で、乳児期を過ぎた後の幼児期の前半に、育てられなければならない発達や成熟のための課題は、自分の衝動を抑制することです。自分の衝動や欲求を、変更したり後まわしにする能力を身につけていくことです。そのためには、人々を信じ、自分を信じ、未来を信じることができていなければなりません。
ところで、未来を信じるということは、信じることができる善意の人々に出会い、養育されてこなければならないのですが、そういう基本的な信頼感や安全感の上に、さらに未来への想像力が育ってくることが必要になります。そしてその想像力は、未来が希望的であればあるほど育ちやすいということです。
しかしまた、想像力の発達には、言葉の発達が重要な役割を果たすことがわかっています。物事をイメージするためには、言葉が必要です。さらに自分の不快な感情をコントロールするためには、自分の気持ちを相手に向かってでも、あるいは自分に向かうひとり言としてでも、言葉にして表現することが非常に有効です。
口に出さないで自分の苦しい感情をコントロールすることができるようになるには、大人でも大変修業が必要なものです。幼い子どもは、安心できる養育者に向かって、自分の感情を言葉にしてぶつけたり、ひとり言で自分に語りかけたりすることで、怒り、悲しみ、失望などの感情を和らげることや、欲求や衝動を変更したり先送りすることを身につけていくのです。
2歳から3歳にかけての子どもの反抗期といわれるエピソードや、ひとり言の多い空想的に見える遊びや行動をよく見せる現象は、そういう状態のまっただ中にいる健常な子どもの象徴的な姿です。
●環境を操作する
この頃の子どもが、自分の衝動をコントロールすることができるようになるためには、自分の欲求をがまんして、変更することを身につけるように育てても、うまくいきません。健全なセルフ・コントロールは、子ども自身が自分の周りの事柄をコントロールすることができる、という感情といっしょになって発達するものなのです。周囲の人を信じることで、自分を信じることができるようになるのと同じように、周りの環境にある物事を操作することができる、という実感が育てられることによって、自分の心のうちにある衝動も、本当にコントロールすることができるようになるのです。
食事の献立を母親に要求することもあるでしょう。両親の会話のなかに入り込んでくるかもしれません。あの洋服が着たい、この靴を履きたい、この帽子はいやだとも言うでしょう。見るテレビを自分で決めようともするでしょうし、就床する時間の決定を、両親まかせにするのを嫌がることもあるでしょう。
自分だけが、幼いからという理由だけで、寝る時問などを早くされることには、不服を申し立てるかもしれません。この頃の子どもは、自分と周囲の人との関係のありかたを決めるのに、自分も参加することで、自分の衝動のコントロール(自制心)も育てていくのです。
ですから、この時期の子どもの養育は、自分ではうまくできもしないことをやろうとしたり主張したりした時に、できるだけそのことがうまくできるように、手助けしてやることです。”そんなこと、まだできないのだから”と言うよりも、親や保育者が一緒になってやってあげて、それでもできなかったことは、それでよいのです。それで自尊心が傷ついたり、自制心まで弱めてしまうことはないからです。そればかりか、手伝ってもらってでも、自分で主張したことがうまくできるようになれば、そのことは、自分の衝動を自分ひとりで統制していくことの発達に、大きな原動力となるのです。
●まとめ
幼児期前半の子どもの重要な発達課題は、自分の衝動を修正、変更、抑制する能力を身につけることと、家族の一員として、家庭内の生活課題を、自分でもやり遂げることができるという実感を体得することです。
この二つの発達の主題は、その後、子どもが自分の内外の世界をコントロールできるという実感に基づいて、困難な課題に立ち向かおうとする意欲や自信を育てることになるのです。
(年齢はおおよそです 文責 高橋健雄)