佐々木正美
■出会い、そして学び
エリクソンの理論は、人間の生涯を考える上で、非常に豊富な示唆を与えてくれますが、なかでも社会性の発達や成熟に深い思慮をめぐらしているところに、私は特別な共感をおぼえます。なぜなら今日私たちは、社会人として不可欠の資質ともいうべき対人的な共感性を失いつつあり、そのことは同時に社会性の喪失 ― 人間失格の危機に直面しているからです。
人間は社会的な存在を運命づけられており、社会性の発達や成熟の障害は、人間として健康に生きることを不可能にします。おタク族、不登校、家庭内暴力、校内暴力、拒食症、過食症、出勤不能、ボーダーライン・パーソナリティなど、現代人の示すさまざまなコミュニケーション不全の状態は、社会性の発達や成熟の障害と考えることができます。エリクソンは、人間が生涯を生きる過程を、対人関係を基盤にした社会的存在としてのありかたに注目しその心理的実体を実に鮮やかに明らかにしてくれました。ですから、エリクソンのライフ・サイクル理論に精通することは、子どもを育て教育をする親や保育者や教師にとって、多くの示唆を得ることはもとより、私たちが自分の生きかたを点検する場合にも、豊富な導きが与えられるものなのです。
■心理的・社会的危機ということ
エリクソンは人間の生涯(ライフ・サイクル)を八つのステージ①乳児期、②幼児期、③児童期、④学童期、⑤思春期.青年期、⑥成人期、⑦壮年期、⑧老年期、に分けて発達の方向性と障害を明らかにしようとしています。
人間はそれぞれの発達の段階(ステージ)で、周囲の人や社会的環境から、年齢や発達相応のことをあれこれ要求され、それらの要請に応えようと心理的な努力をします。すなわち、それぞれの発達の過程や段階で、だれもが社会からの要求に自分を適応させるように、のり越えたり解決を追られたりする問題に直面させられます。そんな時どのような態度をとるかは、それまでに習得や獲得した運動、知的、情緒的、社会的な技能や機能をどのように応用することができるかということで決まります。
そのような適応を求められる場合、私たちは知能や運動に関する能力だけではどうにもならないことを、不登校や拒食症などを示す子どもや青年たちの例で、今日もう十分に知っていることです。秀才でスポーツ万能であった少年が、思春期以後登校不能になり、激しい家庭内暴力の結果両親に殺害されるといった痛ましい事例を、私たちは過日の新聞の記事で知っています。拒食症の若い女性たちの病前性格が、「まじめ優等生タイプで、親や周囲の期待に答えようと過度のがんばりを重ねる長女」というような特性で語られることも周知のことです。エリクソンのいう情緒や社会性の機能が、いかに重要な意味をもつかということだと思います。
エリクソンは、周囲の社会や環境からの要請と、個人がそれに応えて適応しようとする心理的努力との間に生じるストレスや緊張を、心理社会的危機と呼びました。人間一人ひとりの発達は、この危機(クライシス)をのり越えていく行程を意味するのですが、そのためには、それぞれの段階でそれ以前に達成した発達的技能を駆使しなければなりません。しかもその場合、運動や知能の発達はだれの目にも見えやすいのですが、人間の人間たるゆえんとも言える高度のコミュニケーション機能の基となる社会性や情緒性の発達は、見逃されたり無視されたりすることがあるのです。
コミュニケーションは話しことばが獲得されれば、それで可能になるわけではありません。心が通じ合わなければなりません。心が交わり合うとは、どういうことでしょうか。まず相手の人を信頼することが基本要件でしょう。
■人を信じ、自分の価値を知ることから
エリクソンは、人間の生涯の生きかたにかかわる人生最初の乳児期の心理社会的危機を、「基本的信頼」と指摘しました。赤ちゃんはことばをもっていませんから、人生の最初に出会う人々(母親やその他の家族や保育者)との経験を通して、まず人を信じ自分を信じる力を育てられていくのです。
それぞれの段階でどのような人とのどのような出会いや体験が大切なのか、次回まず乳児期を説明して、その後順次学童期くらいまでを出来るだけ具体的に紹介していきます。
その紹介のなかには、エリクソン以後の臨床家や研究者が新たに発見したことでエリクソンの理論を補強するような事実も、できるだけとり人れたいと思います。
各段階において心理社会的に解決していかなければならない危機的問題は、その前後の段階で解決されなければならない課題と有機的に関連し合っています。赤ちゃんの寝がえりが、その前の段階で発達する首のすわりを前提にしなければならない一方で、次の段階のお座りやハイハイにつながっていくというようなものです。
現代人の、特に子どもたちの心の問題は、人とのコミュニケーション(社会性)の障害ですが、その健全な発達と成熟の過程を理解していただこうと思います。