佐々木正美
■ 深夜の授乳からわかったこと
このことがどのようにして実証されていったかという例をお話しします。夜中の3時頃おなかがすいたといってオッパイを欲しがる子どもがいます。なかなか大変です。夜中の3時にオッパイをあげるのは辛いです。
では深夜に授乳するのがいいのか、そうでない方がいいのかということです。これは、30数年くらい前まではよくわからなかったのです*。与えると子どもは、依頼心が強くなって、自分の希望は何でも通るものだ、非現実的な願望ばかり持ち続けるような子どもになるのではないか、乳児といえども現実を知るべきだ、そんなことはないだろう、いろんな専門家の意見がありました。
(*1990年頃の先生のお話です)
○ 乳児院での実験
よくわかりませんでしたから乳児院で実験的に育児や養育が行われたのです。ここでは、深夜の授乳だけを例にとってお話しましょう。
子どもをアトランダムに二分して、望んだ乳児に深夜に授乳するグループと望んでもミルクを与えないグループに分けまして、その後ずっと調査が行われました。
普通乳児院では夜中の2時3時に、オッパイが欲しいからと泣いたからといってミルクを与えません。与えられるほど、夜勤の人手が無いのです。一方の子にはあげるわけです。研究のためにあげるわけですから、研究費で夜間の保育者を雇うわけです。そして赤ちゃんが欲しがればあげるわけです。子どものことを虐待しているわけではなくて、従来の乳児院のやり方にプラスアルファしてあげるわけです。日本では例がありません。欧米で 何カ所も実験されました。
そして、夜中の2時3時にですね、夜泣きをしたからといってオッパイをあげないでおくと、子どもは早い子は3日くらい、長い子でも2週間は越えないそうです。平気になってしまうわけです。翌日の朝まで泣かない子になります。やったり、やらなかったりすれば、これはずーっと泣き続けます。それで、やらないでおくと2週間くらいで翌日の朝まで泣かないで静かに待てる子になりました。
○ 基本的信頼感と不信感
そこで、翌日の朝まで泣かないで待てるようになった赤ちゃんは、忍耐強い子になったのか、現実認識ができるようになったのかどうかということです。
実際は、忍耐強い子になったのはなくて、あきらめの早い、無力感の強い子になっただけなのです。
ミルクをもらえない子は、残念ながら、不信感と無力感が強くなってしまいます。やったってダメなものはダメだ。すぐに努力を放棄する子どもになるわけです。無力感の非常に強い子ども、挫折しやすい子ども、それから周囲の人に対する基本的な不信感、こういうふうなものが、いろんな程度に子どもに身についてしまうということがわかりました。ですから無力感というのは、劣等感、自己不全感、それと周囲の人に対する不信感とは背中合わせで同じものなんだということがわかってきました。
逆の言葉でいいますと、自分を信頼する力というのは、人を信頼する力と同じものなんだということがわかって来ました。自立してちゃんと育つ子どもは、自信のある子どもは、オッパイを与えられた子なのです。泣くたびにもらえたのです。
ですから、夜中の2時3時でもオッパイが欲しければもらえる、昼間、抱き癖がつけば抱き癖を十分承認してもらえる。ということは、人に対する、基本的な信頼感は強くなり、人を信じることができるため、その後友達も作りやすいです。
■依存から自立へ
人生の最初の時期(乳児期から幼児期のはじめ)には子どもはお母さんを中心に、周囲の人に「自分が望むように」愛されることが不可欠ともいえるほど大切で、その後の人格の形成過程に決定的な意味をもつことになります。
子どもは充分な「依存」体験をへて、はじめてしっかりした「自立」に向かっての発達過程を歩み始めるといわれる意味は、そういうことなのです。赤ちゃんの泣き声(呼びかけ)には、しっかり耳を傾けて、その欲求をすべて満たしてやろうという心がけが、乳児期の育児には必要ですし、そのことが自然に楽しくできることが養育者(母親)や乳児保育者に望まれます。