しつけを考える

佐々木正美(精神科医)

■しつけをどう考えるか

 しつけは、その時代時代の文化や価値観によって内容が変わってくるものですね。例えば食事の時に何を重んじるかは、昔と今とでは随分違うでしょう。昔は食事の時間は礼儀作法が重視されましたが、今では作法には多少目をつぶっても、楽しくおしゃべりしながら食べることをよしとする傾向があります、何をどうしつけるかは、その時代の文化によって違ってくるわけです。

 しかし、内容は時代と共に変わるとは言え、基本的なものは変わりません。しつけとは、その子にどう育ってほしいのか、何を身に付けてほしいのか、家族や社会が期待していることを、その子が自主的、自発的に動けるよう教えていくこと。期待する行動が習慣になって、考えなくても自然とできるようになることがしつけといえるでしょう。  

 
■自尊心を傷つけないしつけを

 しつけに関して、最も気をつけなければならないことは、自分の期待することを子どもの“自尊心を傷つけないように”伝えることです。何を伝えるかは、その人の時代の影響を受けた価値観で違ってくるわけですが、子どもの自尊心を傷つけないこと、これは時代や文化を越えて一番大切なことだと思います。相手の顔色を見ながら不承不承卑屈な気持ちで従うというのは、本当のしつけではありませんね。

 そしてもう一つ大切なことは、信頼感の高い人の教えならば信じられるということです。子どもだけではなく、大人だってそうですね。尊敬できる人、信頼できる人の言うことなら受け容れられるのです。そういう意味ではしつけとは、親を信頼することを通して身に付けていくもの。言葉の中味ではなく、その言葉を発した人に対する信頼感が問われるものだと思います。

 
■親子の信頼関係を軸に

 しつけというと、よく洋服を一人で脱いだり着たり、トイレに一人で行けるようになること、いわゆる基本的な生活習慣の自立を思い描く人が多いと思います。何でも一人ですることが自立だと思っていませんか。ところが、本当に社会的な自立行動のできる人というのは、人との調和で何かができる人なのです。人との関係で何かができるというのは、人を信じるようになること。まず親を信じて親との人間関係をしっかりつくることが大切です。それには、子どもが価値ある存在として認められていると実感できるように、無条件で受けいれてあげることですね。子どもは自分が本当に愛されていることを知ると、その信頼感から他の人も信頼できるようになり、自分自身も信じ、自信をもつことができるのです。  

 
■人と調和できる自律心を育てる

 自分の欲求がたくさん満たされた子どもは、自分の存在を肯定し、人を愛し、人と調和した行動ができるようになる。それが本当の自立なんですね。自立は急がせるものではなく、ゆっくりと地ならしをさせて待ってあげることです。

大事なことは子どもに何度でも伝えるだけでいい。いつからそれを実行できるかは待っててあげるという親の姿勢が、子どもの自律心(自分で自分をコントロールできる力)も育てるのです。子どもが望むことは何でもしてあげる。必要な手はうんとかけてあげる。安心して親の手を借りればいいんだよと子どもに伝えることで、他の人の手も借りられ、また自分が手を貸してあげられるようになります。

人に頼ること、人から頼られること。この二つをバランスよく身に付けることが、子どもの育ちには欠かせません。決して子どもの要求をかなえすぎることがわがままな子、自立の遅い子にはならないのです。むしろ要求がかなえられないことの方が自立を遠のけることになる。そんなことをふまえた上で、しつけの問題をもう一度考えていただけたらと思います。