食べられない子と食べるのが遅い子


佐々木正美

 「食べる」ということ以上の意味…「ごはんを食べなくて、食事の時間がひと苦労です」。「いつまでもグズグズ食べているので困ってしまいます」。このような食事に関する悩みをじつに多くのお母さんから寄せられます。
 一方、学校でも、「給食」は意外と人気のない時間となっており、給食を苦痛と感じている子どもたちが少なくありません。飽食時代とかグルメ時代とか言われ、世の中には豊富な食べ物があふれているのに、このような状況はいったいどのように理解したらよいのでしょうか。
 解答は容易ではありませんが、どうやら「食事(食べること)」とは栄養学上の問題のほかに、食べることそのものに人間同士の楽しいふれあい、コミュニケーションの問題が含まれているような気がします。そこで、子育ての悩みや心配ごとのなかでも、もっとも日常的で欠くことのできない問題である、子どもの食事について佐々木正美先生と一緒に考えてみたいと思います。

Q.食べない子、食べるのが遅い子というのは、なにか原因があるのでしょうか…。

「ある本によると、幼児期の半分ぐらいの親が『食べない』とか『食べるのが遅い』という問題を心配しているそうです。その背景には、子どもが健康で早く大きな体に育って欲しいという親の願望があるからでしょう。そのために、たくさん食べれば早く大きくなると思っているので、食べ方が少ないとか、食べないということが気になるのだと思います。

身体発育が順調ならば食事の量に惑わされる必要はない

なにを基準に『食べる』『食べない』というかが問題です。子どもには身体的に大きく成長する時期があり、身長、体重、胸囲などを計測しますが、その成長曲線(カーブ)が正常な範囲内に入っていれば『食べない』ということはないと思います。このカーブを一つの基準として、大きくなっているか、大きくなっていないかを見れば、健康か健康でないかがわかるわけです。健康であれば、少食でも心配する必要はありません。カーブがちっとも大きくなっていかないとか、下がっていくようなときは病気ということも考えられるので専門医の診察が必要です」

Q.少食な子は体力がないし疲れると思いますし、食事の遅い子は時間の制約がある社会のなかで困るのではないでしょうか…。

 「食事というのは楽しくなければ食が進みません。食事は人生のなかで、ものすごく大きな楽しみのひとつです。けれども、教育者や教育に熱心な親達は、食事の時間に教育をしようという間違いをしがちです。食事のときにマナーや好き嫌いなどのしつけをしようとするのです。立派な教育者であれば、どうしたら楽しく食事ができるかを第一に配慮すべきです。食事を楽しくする条件を満たしたうえで、できるだけたくさん、内容の豊富なものを食べるように考えればいいですね。食事の時間にこと細かい注意や教育のために頭を使いすぎては食べる意欲もなくなるでしょう」

Q.トイレット・トレ-ニングと同じですね・・・。

 「まったく同じことです。排泄物を汚いと感じる親は、トイレットがマイナスのイメージとなり、オムツのとれるのも遅くなります。反対に、失敗しても、悲しいこと、ダメなこと、不快なことと思わない親は、トイレット・トレーニングが上手です。トイレそのものに暗いイメージを与えなければ、子どもは意欲的に取り組みます。

食事は訓練や教育ではない、楽しいイメージを植えつけよう

食事も同じことで、いかに食事を楽しくするかに関心のある親ですと、その子どもは食事に対して積極的にプラスの明るいイメージを持って取り組みます。しかし、親が期待するものを期待する量だけ食べさせることばかりに関心が集中していれば、子どもにとって食事は楽しいイメージにはなりません」

Q.授乳のときから影響することもありますか・・・。

「ありますね。赤ちゃんが授乳するときは、お母さんに抱かれて安らいでいられる状態がいいのです。そのために最大の配慮をしてあげることが大切でしょう。自分のペースに合わせたり、自分だけの安心のために無理やり飲ませたりすれば、赤ちゃんは授乳が苦痛になります。離乳食を強制するのも同じことです。これがいい食事だとか、これだけ食べればいいという親の勝手な既成概念をもって、無理におしつけようとすると、子どもにとって食事は楽しい時間でなく、訓練の時間になってしまいます。訓練の時間なんて不愉快ですね。最小限度ですませたい気持ちになるでしょう。食事の時間は訓練や教育の時間ではないのです。どうしたら安らいで楽しくすごせるかに最大の配慮が必要です。意欲的な食事にすれば、イヤイヤ食事をして遅くなることもなくなるでしょう」

Q.偏食をなおすこともよくないのですか…。

「偏食の心配も不必要だと思います。基本的には食べたいものを食べたいだけ食べることが大切です。偏食をなおそうとすると、食事が苦痛になり、かえって少食にしてしまいます。フルコースのように次から次へと料理が出てきて、食べたくないものはフォークとナイフを揃えておけばさげてくれる方法もいいですが、バイキング・スタイルなら食事のスタイルとしては一番楽しいですね。好きなものを好きなだけ食べられますから」

Q.偏食で病気になることはありませんか…。

「子どもが偏食のために栄養障害になることは、よほど食量事情の悪い特別な時代や場所でないかぎりありません。食べ物がなく飢餓状態になると選んでいられなくなるので偏食はなくなります。現代の家庭の子は、食べるものがたくさんあり、選ぶことができますから、偏食の子が多いのです。けれども、施設の子ども達は決められた食事だけを食べているので、数多くの料理や食べ物のなかから選ぶことができません。ですから、偏食の子はほとんどおりません。食事が楽しい時間かどうかは別ですけれど…。食べ物が豊富にあれば数多くのなかから選ぶので一見偏食があるのですが、食事のバランスが崩れることはほとんどありません。なぜかというと、人の体は不足しているものがおいしく感じるようになっています。糖が不足していれば糖を、蛋白質が不足していれば蛋白質をというように、体が不足しているものを取り入れるように味覚ができているんです。汗をかいた後は塩分や水分を、過激に運動した後は早くエネルギーに変える糖分が欲しくなるというように体がちゃんと要求してきます」

区切りの絵

野菜が嫌いな子にはフルーツを食べさせてあげよう

Q.糖分や塩分はわかりやすいと思いますが、緑や赤い色の野菜なども同じでしょうか…。

「緑のホウレンソウや赤いニンジンのなかだけにしか大切な栄養があるとは限りません。まして、あじけない生野菜や青臭い野菜のなかからとらなくても、甘くておいしいフルーツのなかから同じ栄養がとれるのならフルーツでもいい。ホウレンソウ、ニンジン、ネギ、ピーマンなどは子どもにとってよい香りや味覚ではありません。

大人が好むショウガ、ミョウガ、パセリ、セロリ。あるいは酒やタバコなんかのほうがずっと異常な味覚です。その味覚に通じる青臭い味覚を子どもが嫌がるのはあたりまえです。偏食で子どもが栄養障害を起こすことはほとんどないそうですから、おいしいもの、好むものから食べていけば楽しい食事ができます。そして、原則として偏食ということにこだわらないで、気持ちはバイキングの発想にしたらいいと思います。そうすれば、食事が意欲的になり、遅くならず、量も多くなるでしょう」

みんなで楽しく食事をすることがもっとも大切

Q.好き嫌いも、マナーも気にしなくていいのでしょうか…。

「バイキング・スタイルで好きなものから食べれば、食事の時間が意欲的で楽しいものになるとお話ししましたね。意欲的になり、年齢も大きくなれば、ほんの少し嫌いなものを組み入れても食べられるようになります。そのためにも、食事の時間は楽しい時間にしておくことが大事です。楽しく、おいしく食事をすることが第一ですが、まわりの人も楽しくなくてはいけません。食事のときのしつけは、なんのためにするかと考えた場合、まわりの人を不快にさせ、おいしさを失わせてしまうことがないように。これが社会的マナーだと思います。

例えばクチャクチャ、ズルズルとへんな音をたてて食べるとか、手づかみでグチャグチャにして食べるような周囲の人を不愉快にする態度です。しかし、赤ちゃんはグチャグチャと手づかみにします。これを禁止してはいけません。楽しく好きに食べさせてあげましょう。小さいときから、過剰なマナーは必要ありません。楽しい食事ができるようになってから、基本的な最低限の社会的ルールを教える必要はあると思います」

Q.少ししか食べられない体質の子もいますが…。

「体質で、もともと少ししか食べられない子もいます。食事の早い子は、一般に消化液がたくさん出るので消化力が旺盛です。唾液、胃液、腸液、すい液などの消化液がたくさん出ますから消化も早いので、たくさん、早く食べられます。消化液の出にくい子は、まず唾液が出て混じるまで、いつまでも口のなかで噛んでいなければなりません。食事の速度は、本人のもって生まれた体質があります。消化能力に関係があります。消化液のたくさん出る子に、いつまでも噛んでいなさいといっても無理です。唾液がたくさん出て、すぐ混じってしまうので、早く呑み込みたくなるのです。そして自然に呑み込んでしまいます。ですから次々と早く食べることができます。

反対に唾液の出が少ない子は、口中で噛んで唾液と混ぜて消化する第一段階がなかなか終わらないので、いつまでたっても呑み込めないのです。遅くなるのは、しようがないんです。消化液の出が少ない子は、たくさんの量を食べても消化できませんね。無理にたくさん食べさせれば下痢をするだけです。そんな子に、たくさん食べさせようとすれば食事の時間は苦痛になるだけです。適量を食べてすっかり消化すれば、充分に食事の量は足りています」

体質には個人差があります
一律の量でみきわめてはいけません

Q.食べたものを吸収しにくい体質もあるのですか…。

「人間の体は消化をする力と吸収する力が生理的機能としてセットになっています。薬を飲んでも、よく吸収する人と吸収しない人がいます。薬の種類によっても違ってきます。例えば、Aの薬は良く吸収しても、Bの薬はダメという体質がある。食べ物も同じで、良く吸収するものと、吸収しにくいものとがあります。人の体質によって違います。良く吸収するものは少し食べれば足りますが、あまり吸収しないものは、たくさんいります。吸収する、吸収しないということは、目に見えてわかるものではありませんが、たくさん食べても太らない人と少し食べただけでも太る人がいますね。食べるもの、食べる人によって、消化する力も吸収する力もそれぞれ違います。みんな同じという考えを持たないことです」

叱ったり罰したりの食事は“好き嫌い”を増長させる

Q.朝食が食べられないという子もいますが…。

「まず、睡眠不足が考えられます。まだ体が眠っているのです。起きたばかりでは体が活動しません。まして、睡眠が不充分な場合は、よけいに活動しません。その日の楽しい予感がないことも考えられます。一日が楽しい子は朝の目覚めが良く意欲的ですから、体の目覚めもいいので、胃も早く活動し食欲も出ます。朝の目覚めの悪い子は、その日の楽しい予感がない子です。ところで、昼食はお弁当がいいですね。子どもの一番好むものを入れてあげましょう。お弁当が大好きになり、残さず全部食べるでしょう。そのうち、子どもの嫌いなものをほんの少し入れたとしても、お母さんが好き嫌いをなおすために入れたのだということが理解できるようになり、嫌いなものも食べるようになるでしょう。

そして、夕食が少ししか食べられないというのは、オヤツが多すぎることが考えられます。しかし、夕食は寝る前の食事です。今日一日の活動が終わり休息に入るわけですから、あまりたくさん食べる必要はないのです」

Q.食事の時間を楽しいものにすれば、食べない子はいなくなりますね…。

「そう考えていいと思います。食事は強制したり強要するものではありません。残したら罰を与えたりしては、食事の時間が苦痛になるだけです。好き嫌いをなくそうとか、幼児期から几帳面すぎるマナーをしつけようとする教育がかえって悪循環となっているのです。親が子どもに食べさせるという発想でなく、子どものためにどんな食事を作ってあげようか、どんな調理をすれば子どもが喜んで食べるかという気持ちが大切です。食事を作り、そして一緒に食べることは人間同士の共感です。そうすれば食事は楽しく意欲的なものになるはずです。

乳児期から子どもが安らぎを覚える授乳を心がけよう

楽しく意欲的になれば、イヤイヤ食べることもなく、グズグズ遅くなることもなくなります。楽しく食べられ食事がたのしみになります。たくさん食べなくても、その子の体に充分足りていれば、順調に成長していきます。食べない子、食べるのが遅い子が、病気かどっか確かめたうえで、特別に病気や異常がなければ心配することはないと思います。体質的なことも考え合わせながら、乳児期から、楽しい食事ができるように配慮することがなによりも大切だと思います」

●● まとめ ●●

①身体発育が順調ならば食事の量に惑わされる必要はありません

②食事は訓練や教育ではないのです。楽しいイメージを植えつけよう

③偏食に過剰な心配は無用です

④野菜が嫌いな子にはフルーツを食べさせてあげよう

⑤みんなで楽しく食事をすることがもっとも大切です

⑥体質には個人差があります。一律の量でみきわめてはいけません

⑦叱ったり罰したりの食事は“好き嫌い”を増長させます

⑧乳児期から子どもが安らぎを覚える授乳を心がけよう