児童精神科の臨床から 4

佐々木正美

「思春期危機」という言葉がある。
急激な性成熟と自我形成が行われる過程で、対人関係のなかに自己の位置づけや社会的役割を求めようとする。生きがいやそのための新しい価値観に目覚め、社会の矛盾を敏感に感じ、不完全な大人を嫌悪し、時には自己をも否定する。

自我形成過程の未熟な段階で、人生観を空想や読書の世界に求め「自分の性格がいやだから」とか「受験だけの人生がむなしいから」とか「死後の世界へのあこがれ」などといった理由だけで、ばく然とした不安や孤独から逃れるために、現実から避難し美化された死の世界に心を傾斜させることがある。

非行少年、少女には自殺未遂の経験者が多い。それも悩みに悩んだ挙げ句の自殺というよりは、ささいな金銭の貸し借りや恋愛関係のもつれぐらいで、容易に短絡的に自殺を企てる。それほど、将来への希望をなくしたようでもないし、自暴自棄に陥ったようでもない。非行に対する罪責よりも、周囲の人や家庭や社会との結び付きが実感できないための、いわば「よるべのない」心理的な孤独が死を選ぶ原動力になっているような事例が、決して少なくない。

思春期の抑うつ気分の者や自殺者には、年齢相応の自立心や社会性が育っていないことが多い。家庭や学校その他の社会集団のなかで心理的に孤立し、集団に所属する意味や価値を見失っている。

子どもの育つ環境として、テレビの画面に家族の関心が強すぎて家族間の会話が少なくなってしまったり、受験勉強を強いられるあまり、食事がすむとすぐ勉強部屋に引きこもらなければならないようなふん囲気は、好ましくない。ゆっくり時間をかけて家族全員でだんらんを楽しむことは重要で、自殺者の家庭にこのような習慣があることは少ない。

健全な趣味やスポーツのグループに参加して、創造的ないし生産的な活動を行うことは、自分と周囲の人や社会との結び付きが実感され、揺るぎない自己の確立される過程が、自覚できるため、生きる目標が培われることになる。

このことは、思春期に多い社会的孤立と心理的孤独による現代の青少年の自殺への心の傾斜を防ぐために、重要な役割を果たすことになる。

これまでの内容
1.思春期やせ症の治療
2.反省を欠く補導少女
3.自我の形成

※約30年以上前に佐々木正美先生が寄稿されたものです。当時の文章のまま掲載いたします。定期的に更新予定です。