親が選んだ道に進むと
佐々木正美
38度以上にも上ぼる高熱を、数ヵ月から一年以上も続けている音楽大学の学生に、このところ何人も続けて診療する機会を得た。以前には、突然手の指が動かなくなったフルートやピアノを専攻する学生たちにも会った。全身あちこちの痛みを訴えるピアノ科の学生にも会ったことがある
彼らはみんな、内科や整形外科や神経科などの身体医学に関する診療科を受診して、異常が発見されないために、精神医学科へ紹介されて来る。実際には女子学生の方が多いが、彼らの症状は、心因熱、心因性マヒ、心因痛などと呼ばれて、精神的・心理的な苦悩が身体症状として表現されていると理解される。
このような訴えをする学生は、音楽大学に限らないが、芸術の領域を専攻する学生についていえば、圧倒的に音楽関係の若者が多い。彼らの特徴は、いつもせかせかして何かに追われるように、切羽詰まったような状態で勉強していることである。音楽以外の分野に興味や楽しみをもっているケースには会ったことがない。文学や映画やスポーツなど、普通の若者が興味を示し、時には熱中する領域には、ほとんど関心さえ示したことがないような若者ばかりである。
彼らはみんな親の勧めに従って、幼児期ないし学童期の初めから音楽の練習に打ち込んできた。
やがてそれが軌道に乗り、親の期待や喜びに自己を同化させ、独立した自己を確立しないまま成長して、自己のない自分に出会う。そして例えば「あなたの解釈でモーツァルトを演奏してごらんなさい」という教官の言葉に、慄(りつ)然としてその場に立ちすくんでしまったことが、いわば症状の始まりになる。「解釈する」ための自己の不在。
自分が選んだ道ではなかった。でもこれまで努力してきて、いまさら音楽を放棄することはできない。怒りと不安と焦りのなかで、苦悩し混乱する。
これと同じような現象は、音楽大学生ばかりではなく、一般大学の学生や特に大学入試前の高校生にも多い。やはり、どこかに「自分で選んだ道ではない」とする意識や「何を選んだらよいのかわからない」混乱があるからなのだろう。
ところが、同じ芸術の領域を専攻する学生でも、クラシック音楽以外の分野の若者にはこのような現象はめったにない。絵画、彫刻、写真、演劇など「自分で選んだ道」という意識があるからだろうが、そうだとすると、自分で進路を決定することができない時期から教育を始めなければならない分野の教育には、深い配慮が必要となるが、同じような理由で、自分で進路が決定できなかったり、最近の一部の医学生のように、親が無理やり進路を押しつけたりするような場合の若者にも、同質の症状や問題が出現するはずである。

※約30年以上前に佐々木正美先生が寄稿されたものです。当時の文章のまま掲載いたします。定期的に更新予定です。

※Mind子ども相談室から
私も、心因性と思われる様々な不調に悩む子どもと保護者にお会いしてきました。
親の期待を自分の中に取り込んでしまった子どもは、無意識のうちに親の価値観や願いを自分のものと思い込んでしまい、それで本当の自分の気持ちが見えなくなってしまいます。
それで過食嘔吐や、解離性障害などで苦悩する子ども。
「子どもが壊れてしまいました」とお話されたお母さんがいました。
子どもらしい子ども時代を生きられなかったのです。
子どもの気持ちを尊重することが難しい親は、AC(アダルト・チルドレン)で自分の気持ちをつかめないことが少なくありません。
親自身も「私はこのままの私でいい」となかなか思えない。人の顔色が気になる、頑張っているのに自分を責めてしまう、つらくても平気なふりをする、愚痴や不満があっても言い出せない・・・。相談室にいらっしゃる方はそのような母親が少なくありません。子どもの課題は親自身の隠れた課題でもあるのです。
