5.尊敬と感謝

佐々木正美先生「尊敬と感謝」についてお聞きしました。インタビューシリーズ5 

Q.先生がよく話される尊敬と感謝の関係についてご説明してください。

●思いやりは、思いやりのある人のそばにいれば育つ

「結局、優越感、劣等感という感情の中では尊敬ということは絶対あり得ないわけです。どんなに優れている人とか、本来、尊敬すべき人に出会っても、その人に対して劣等感を意識するだけになってしまうでしょう。そういう感性の中では、他者に対する尊敬の気持ちは出てこないんですよね。

 尊敬というのは反省の気持ちからも出てくるんですね。劣等感には反省というのはないわけです。尊敬というのは反省とか、謙遜といった感覚から出る感情でもありますし、共感性というところから出る感覚でもあるのです。ですから自分より優れた人に出会った時に、その人に対して尊敬や敬愛の念を感じるか劣等感を感じるかというのは、同じものに直面しても雲泥の差のある精神状態ですね。

 尊敬という感覚は、何も偉大な人物に対してだけ抱く、感情では決してないわけです。日頃、道で出会う地域社会の人、あるいは家族の中にもありうる感情だと思うんですね。ですから共感性がなければ尊敬の感覚がないというふうに思いますね。

 そして私は、感謝をする気持ちがないと尊敬という感覚はないと思っています。というのは、優れた人に出会った時に、出会ったことに対する喜びというものを自分が感じなければ相手を尊敬できないからです。今日あの人に出会ったと。それは何も見上げるような巨大な偉人である必要は全くなくて、友人でも先生でも親戚のおじさんでもおばさんでもいいと思うんですね。あの人に会って良かった、こんなものを与えられた。少し生まれ変わった気持ちになれた。そういう喜びの体験みたいなものが相手を尊敬する感覚に変わるわけですね。人間らしい豊かな感性がなければ感じられないものですけれどね。

区切りの絵

■感謝、尊敬の感覚は、感謝、尊敬できる人のそば(側)にいないと育たない

 ですから人間として共感する感覚がなければ尊敬はありえない。人を尊敬できる感性というのは何かに感謝できる感性と、紙一重あるいは、同列の感情だと思っています。ですから感謝をする感受性みたいなものや、情緒みたいなものを日頃育てていなければ、尊敬の感覚というのはどんな人に出会っても出てこないと思いますね。下手をすると劣等感だけになってしまいます。感謝すべきことというのは日々、そして瞬間瞬間にも本来あることなんですね。食事をしても食事を作ってくれた人に対する感謝というのがあるかないかとかね。お風呂に入ること一つにしても、洋服を一つ着ることにしても、与えられたものに対する感謝があるはずでしょう。感謝というのは、それを感じるか感じないかなんですね。尊敬も実はそうなるわけです。そしてこの感謝と尊敬という感性だけは、いろんなものに感謝できる人とか尊敬できる人の側にいなければ育たないものだと思います。

 よく私は幼稚園や保育園のお父さん、お母さんとお話しする時に、自分の子どもをどんなふうに育てたいですかと聞くんです。勉強ができる子にしたい、スポーツができる子にしたい、情操教育として音楽とか書道ができるような子に育ててみたい、そしてもう一つ、思いやりのある子にしたいと。簡単に言えばこの四つくらいあるでしょうか。

■思いやりは、そういう人の側にいれば育つ

 勉強、スポーツ、その上に芸術、情操、おけいこごとといった類のことと、そして、思いやり。ところが最初の三つは手とり、足とり指導しなければ身にはつかない。しかし教えてくれるのは、他人でも教えてくれる。ところが思いやりの感覚というのは、実は尊敬とか、感謝とかいう感情と実に密接に結びつく感覚です。けれども、それだけは教えてくれるところが、どこにもないのです。思いやり教室などどこにもない。

 学習塾やスポーツ教室はあっても思いやりだけは、そういう人の身近にいなければ身につかないわけです。思いやりをもった人の側にいれば育つのです。教え方としてはある意味では非常に易しい、ところがある意味では非常にむずかしい。というのは勉強のできる子にするには、手とり足とり教えればいい。人に頼んでも教えてもらえる。お金を出して誰かに頼むという意味では、楽といえば楽、大変といえば大変です。ところがこの思いやりあるいは感謝や尊敬といった感性や感情は教えなくていいのです。見せておくだけでいい。だからそういう感性を持っている人にとっては、こんな易しいことはない。口出しをすることはない。ああしろ、こうしろ、という必要もないのです。ですから非常に易しいともいえる。だけど、そういう感性を持っていない人にとっては、そういうものを子どもに教えることは、もう不可能なことです。だからいくらお金を出しても教えられないから、むずかしいともいえるわけです。この思いやりの感情、他を思いやることは、自分に対して何かをしてくれた人に感謝をする感受性で、人に感謝をする感性があるから人を尊敬できるのです」。