幸福とはなんだろう

佐々木正美

私達は他者のために生きることをどんどん忘れてきたと思います。相手のために生きることを失ってきています。夫婦の間でも親子間でもそのような局面がじわじわ進んできて、ふっと我に返った時には、大変なところまで来てしまっていることに私達は気がついていると思います。

社会や他者に貢献できる、そのことが喜びなのです。私が勤める医療福祉大学の使命はそれを教えることだと思っています。学生を送り出す時に、どんな知識や技術を身につけているかは一面の価値であって、もっと基本の価値は人の幸福に自分を役立てた時に、ある働きが小さな役割でも果たせた時に自分が大きな幸福を感じることができる、そういう感性を育てる教育がとても大事だと思っています。

私は医療福祉大学で仕事をしているので、学生達によく言います。

「よーく考えてごらん、人間というのは誰かのために生きていないで、本当に幸福感を感じることができる人なんていないと思うよ」

「試験でも自分のノートが友達の勉強に役立ったことに喜びを感じればいい、友達よりいい点を取ることを少しも考えなくていいと。それから自分のために役に立ってくれた友達に感謝すること。」と。

人間の幸福や、人類とはそういうふうにできている、そういうふうに神さまに作られていると思います。

誰かの幸福のために自分が役に立っている、たとえわずかでもささやかでも誰かのために生きている、用いられていると実感できた時に、人間は本当に幸福感を味わえるものだと思います。

たとえば音楽家であれば、聴衆に感動を与えたと思える演奏ができた時に、幸福なのではないでしょうか。画家は絵を見にきた人に感動を与えることができた時に、とても大きな喜びを感じることができるのです。だから描くことだけが目的なのではないのです。

自分の絵が世の中に貢献できる、人々に豊かな感動を与えることができるということが喜びなのです。

それは芸術家だけの話ではなく、コンピュータや自動車を作っている人もそうです。ユーザーの喜びになるような製品を完成した時には、経済効果を生み出すというような背景もありますが、人に苦痛を与えても儲ける方がいい、などという感覚は人間にはないと思います。かりにそういう人がいたとしても、そのような人は少しも幸福ではありません。

人間が幸福に生きるのは、人の幸福に貢献できた時です。そういうふうなものが本当の個人主義の中から生まれるかもしれません。それは自分の個人主義を大切にするために他者の個人主義を尊重するという範囲内の個人主義なのです。だけど他者の利益に明らかに反することでも、自分の利益になることをする行為を私は利己主義と呼んでいます。

つまり子どもに苦痛を与えることが分かりきっていても、自分の感情や欲望、衝動を満足させるために自分の行動を優先させる親や教育者がいたら、それこそ個人主義ではなく、利己主義なのです。夫と妻の関係もそうだと思います。

ところが私達はいつとはなく一線を踏み越えたというか、踏み外してしまったのです。それに気がつくべきではないでしょうか。

かつての封建時代の強制された人間関係は、あまりにも理不尽な部分があり、それから解放され過ぎたとは言えないと思いますが、解放の中に求めた質が変わってしまったのではないでしょうか。私達はこういう見通しをたてることはできなかったし、どういうふうになっていくか分かりませんでした。ある一定の流れができた時に、その集団の中で生きている人間はもう歯止めがききません。

しかし、これからは人との調和の中に、幸福な生き方を意識して努力して作り上げていくべきではないでしょうか。かつて私達は意識して努力して封建的な人間関係から解放されてきましたが、今度は健康な人間関係を作り上げていくために、意識して努力していかなければならないと思います。

具体的にはどうするか。個人差があると思いますが、住んでいる地域の中で、共感しやすい、気心が通じやすい人達、思想、心情、趣味などが合いやすい人々を見つけてその人達と少しでも親しい交わりをしていくことが大切だと思います。

また自分の親の世代と少しでも豊かに交わる、子どもの祖父母にあたる世代の人と子どもが交われるよう、自分が仲介していくような努力が必要になってきます。

私達は住宅を購入するのに貯金をする、ローンを返済するのに努力をするのと全く同じ努力をして、人々との交わりにくつろぎを見出す、交わりの中に自分が安定していられるような生き方を模索していくことが必要です。

個人的な関係もいいし、地域的なサークル活動・趣味の活動なども求めてみるべきでしょう。その努力が必要です。親は自分が生まれ一緒に育ってきたきょうだい、子ども達にとっておじ、おばになる人達との人間関係を、少しでも作り合うことが大切です。

現代、いろんな人の話を聞くと、それさえも面倒、おっくうだという人がいます。そんなことするより自分達家族だけでいたいと言うのです。この気持ちは時として、夫婦も別々でいたいという気持ちになっていきやすいのです。あるいは子どもが思春期になると、親と一緒にいたくないという気持ちになっていくのです。

元々思春期の子ども達は親より仲間と一緒にいる方がよくて、親との関係が一見希薄になるように見えますが、親といることが不愉快だ、苦痛だという関係にまでなってしまうケースが最近増えたように思います。それは私達がいろんな人達との関係をわずらわしく思うのが、子ども達に伝わっているのだと思います。

※2000年頃の佐々木先生のお話です。