佐々木正美先生インタビューシリーズ10 父母の役割

■父母の役割

Q.父母の役割といった場合のそれぞれの違いがあればお話しください。

 

 ●両親が子どもに対して与えなければならない役割は必ずある

 

 「父母の役割という場合に、私は、自分の家庭では父親の役割と母親の役割は分けています。一般的に分けなくてはならないかどうかは分かりません。分けなくていい家庭があるかもしれませんし、分けないとうまくいかない家庭もあるかもしれません。これは分からないです。だけど、家庭の中で両親が子どもに対して与えなければならない役割というのは必ずあると思うんですね。かつては、父性的なものとか母性的なものと言われたでしょう。今は母性や父性を否定する考えもあるんですね。私はそれを決して否定はしませんが。

 

 簡単に違いを言いますと、特別な思想や主義を持ってる人、あるいは価値観を持っている人、これは別ですよ。だけど極めて自然に、ありのままに両親ということを考えますと、こういうことが言えるんですね。

 

 ●10ヶ月もお腹において 生んだ子どもが、障書のはずがない

 

 私は心身障害の子どもたちに会ってまいりました。1歳半健診等で、子どもが知恵遅れであるとか、自閉症であるとか疑いがもたれます。そうすると保健所とかから私たち専門医の所へこの子どもは実際どうなんでしょうと紹介されてきます。そこで診察やいろんな検査をしたり、インタビューをしたり観察をしたりしてその結果、ある一定の障害があることを家族に伝えるのです。

 

 いろんな意味で、一般に自分の子どもの障害に対して強い拒否感をもつのは父親よりも母親の方なのです。それで、こちらが意を尽くして説明すると、それを受け入れたくないという気持ちを強くもつのも母親なんです。これは厳然とした事実なんですね。そして何年かして、あの時こう言われてショックでしたと言ったり、本心を自由に語れるようになった時に、多くの母親がどういう表現をするかというと、10ヶ月もお腹において自分が生んだ子どもが、障害なんかであるはずがないんだという思いであったということです。どうしてもそう強く思いたいものだと言いますよ。父親にはそういう感情が無いわけではありませんが、母親より弱いことが多いんです。父親にしたって、自分の子どもにそんなはずはないんだっていう思いはいろいろあるわけですけどね。しかし、母親と父親とでは全然違いますね。

 

 ●母性は父性に比べて子どもに安らぎを与える

 

 ですから、スタートから子どもとの関係が違うんですね。私はそれを強く思っているんです。私自身は自分でも子どもには子煩悩だと思っていましたね。だけど、子どもが父親に対する対応の仕方や気の許し方と、母親に対する気の許し方、期待の仕方とははっきり違うんです。

 母親の方にはるかに安らいでくつろいでいますよ。子どもというのはそれでいいと思ってるんですね。私は、休日など許すかぎり、子どもと何かをしているのが好きで楽しくてしょうがなかった。そういう父親を持った子どもでさえ、母親には父親とは比較にならないくらいゆったりと安らいでいるんですね。基本的に言えば、やっぱりそういうものだと思うんです。心身障害の子どもと両親の間だって、そういう違いがあっていいと思ってるんです。

 

 でも否定する人もいるんです。母性と父性は別々にあるものではないと。マザーリングとかファザーリングという言葉はやめて、ペアレンティングというアイディアにすべきだって言う人もいる。それはそれでひとつの考え方としていいのかもしれません。そういうやり方で、10年20年と経ったら、家族や親子の様子はどうなっているか分からない。今は実験だと思うんです。だけど私は父性と母性はあるという立場です。

 

 母性というのは、さきほどから言っているような意味で、子どもに安らぎやくつろぎを与えるものであり、基本的には自分の存在に無条件の誇りや自信を感じることを可能にしてくれる感性を育てる機能だと思っています。どうすることによってそうするかはいろいろあるでしょうが、その原点となるものは、ありのままでよいと思ってやる気持ちでしょう。

 

 ●社会的ルールを教える父親、安らぎを与える母親、両方共ないのは問題

 

 

 父性というのは社会的ルールを教え、人生のあり方や生き方の理想、価値観を教える。だけど、くつろぎや安らぎを教えるために父親の父性も大いに役割があると思います。それから、社会的ルールとか価値観を教えるのに母性だって重要な役割を果たすと思いますが、多くの家庭ではそれぞれの比重の大きさは違うように思うんですよ。そういうふうに役割の違いが重複するものが部分的にあってもいいと思うんです。両方全く同じ役割を負って、どれくらい子どもは健全に育つか育たないかは、今日の時点ではまだ分からないというべきだと思うんですね。だけど、同じ役割を負うことの方が自然だと思えるペアレンツにはその結果を教えてもらうよりしょうがないです。違うという人は違うやり方をやってみてその結果を教えていただく。

 

 問題は、その両方ともない、はっきりしないっていうのがあるんですね。社会のルールを教えない。生きる理想とか価値観を子どもに伝え切れない。同時に家庭に、本当に安らぎやくつろぎ、憩いの場や許しの場を提供できないいわゆる母性の欠けた家庭というのがあるんです。両方共ないという、こういう場合がきっと大いに問題になってくるんだと思うんですね。両親で全く均等に対等に役割を分担し合ったり、あるいは極端な場合には、母性と父性を逆に交換し合ってうまく行く家庭もあるかもしれません。でも私は現在のところでは、やっぱり違うと思ってるんですよね。

 

 

 私は何千組もの両親と会ってきた中で、一般の家庭でやっている母親の役割をお父さんがやって、お母さんは外で働いてかなりの高収入を得ていらっしゃるという二組のご夫婦を知っております。お母さんが外の父親的役割をして、お父さんが家事とか育児とかをしていられるという家庭です。

 その子どもたちはお母さんにやっぱりべたべたと甘えるんですよ。これをみても私はやっぱり違うんじゃないかと思ってるんですよね。で、お母さんの匂いがいいのか肌ざわりがいいのか、あるいはそんなものを越えて普遍的に何かもっとあるのか、これは本当に分からないですね。私の子どもでいえば、例えばレストランに食事に行ったりすると、みんなどの子も母親側に座りたがりましたよ。

 

 ●母親が外で働いて、父親が手塩にかけても障書児は母親の方へ行く

 

 ところがね、少し子どもが大きくなってきた時に長男から順番に、じゃあ僕、パパの側に座ってあげるという言い方をして私の側に来たということがありました。障害児でない子どもの場合には不正直です。悪い意味で言っているんではありません。ただ努力をして父親を傷つけまいとして私の方に来たりしましたけどね。ところが発達障害児はそういうことをしませんからね、真っ正直で。どんなに毎日お母さんが外で働いて、お父さんが家庭で手塩にかけて育てていても、お母さんと両方揃っている時にはお母さんの方へ行くんですね。違うんですよ。子どもが安らぐとかくつろぐとか落ち着くとかいうようなものは。

そういう両親間の役割の違いが、自然に実行できなくなったら、本当に心配だなと私は思っているんです。無理矢理に不自然に曲げてしまうことがね。どうでしょう」。

 

Q.やはり各々、役割があった方が子どももいいでしょうね。

 

 ●児童福祉の施策をやる場合、子どもの意見を聞くように

 

 「いろんなことやる場合にね、私は子どもの意見を聞いてみたらという言い方をしたいですね。いつだったか誰かおっしゃってましたよ。保育園では乳児保育をもっとたくさんやれと。それは親のためには確かに都合のいいことなんです。子どもがどう思っているかということをちっとも聞かないで。ある意味で児童福祉に反する。だけどそのために親が苛立って育児がちゃんとできないのだったら、よくないのは分かっていてもより悪くしないために乳児保育すべきかもしれない、ということはありますけど。

 また別の理由もあるでしょうが、もう少し子どもの気持ちや意見を開くということが大事じゃないでしょうかね。とは言っても赤ちゃんはしゃべれませんが、けれどもその気になれば、幼い子どもの気持ちを聞くことはできるのですから」。

 

 

 

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