佐々木正美先生に聞く 「きょうだいゲンカ」

 

杉浦正明子育て協会所長が佐々木正美先生に「きょうだいゲンカ」についてお聞きしました。

 

杉 浦: きょうだいは、よるとさわるとケンカばかりします。どうして、あんなにケンカばかりするのでしょうか。

佐々木: 少し難しいかもしれませんが、人間にとって攻撃性は本能ともいえるものです。人間の向上、発達、成熟、あるいは人格の形成とか人間が磨かれるというのは、攻撃性の内容を変えることだ、と定義する人もいるほどです。攻撃性のなかには、他人の悪口を言ったり欠点を探して喜んだりする未分化のものから、非常に困難な山にアタックして登頂したり、前人未到の世界を開拓するような、よい面の攻撃性もあります。人間は、ある一面から眺めれば、私たちが想像するほど高級に洗練された動物ではなく、攻撃性があまり分化したものではないのです。

杉 浦: 欲求と攻撃性には関連がありますか。

佐々木: 視点を変えれば、欲求不満が攻撃的な行動をとらせる、といってもいいでしょうね。人間には欲求が本能的に備わっています。ですから、欲求不満のない人生なんてありません。けれども、欲求不満がなかったら、人間は向上しません。常に満たされないものがあるからこそ、その欲求をきわめようと努力をするわけです。金銭欲、物欲、知識欲、探求欲、人により実に様々な欲求がありますが、とにかく欲求は人間が向上するうえで大事なエネルギーになっています。その欲求が物欲にだけ集中するとなると、少し問題かもしれません。しかし、欲求というのは満たされても、また次の欲求が生まれ、それが人間の進歩発展につながっていく。これで満足ということがないわけで、ゴールのない無限の宇宙につき進んでいくロケットのような“宿命”をもっています。好奇心、発達欲、やる気の強い人は欲求不満の強い人ですし、それは悪いことではないのです。ですから、そうした意欲をどのように磨き、どのように価値づけるかが、人間の大切な課題になってきます。マラソンで1等にならなければ気がすまないランナーというのは、攻撃心、征服欲の強い人です。人間には、攻撃欲があるのが正常ですね。
 

 


◆攻撃心や強い欲求が人間の向上にむすびつく

杉 浦: 子どもも同じですか。

佐々木: 欲求が強ければ強いほど、親にとってその子どもの将来は楽しみだ、ということになります。本来、子どものなかにある欲求不満と向上心は同格のものです。好例が自然科学の研究者です。いま世界中を恐怖の渦に巻き込んでいるエイズの正体をつきとめるというのも攻撃心、征服欲です。“男女産み分け”の研究も同様です。研究成果とそれによってもたらされる影響に思いをはせるより、この難題を克服したいという意欲の方が強いのです。そして、それは人間の向上心につながるわけです。ダイナマイトは道路やダムや港を作るのに大いに役立った反面、マイナスの方向に攻撃心が作用すると大量殺りくの道具として戦争に使用される。けれども、またこれを征服しようと別の向上心、意欲が働く。ガンやエイズをきわめようとする意欲はみんな征服欲です。それが大きければ大きいほど人間にとって将来性があるということになります。しかし、欲求や攻撃心や征服欲は、上手に磨かないと、大変厄介なものとなります。

杉 浦: 磨く方法として、きょうだいゲンカは良い方法ということですね。

佐々木: きょうだいゲンカは相手をひどく精神的に傷つけたりしません。ケロッと仲直りできます。もちろん、子ども自身は、大人のようにそんなことに配慮しながらケンカはしません。いじめた方は後悔しているし、やられた方はシャクにさわって残念でしょうがない。けれども、後に残らずうまくおさまってしまいます。
家族のなかに基本的な信頼関係があれば、もっと安心です。ですから、ケンカをさせないのが良い家族というのではありません。子どものなかに本当の攻撃性と征服欲と向上心が磨かれない方が逆に問題ですから、きょうだいゲンカはものすごく大事で、しなかったら欠陥があるとさえ考えてもいいくらいだと思います。そして、健康な子どもはきょうだいゲンカを多くするほど友だちとはケンカをしません。きょうだいゲンカをたくさんしている子どもの方が友だちと仲よく遊べるのです。
従って、親はきょうだいゲンカを病的と思ってはいけないのです。きょうだいゲンカをなるべく少なくさせようというのではなく、ケンカが終わったあとで親がどうやって精神的に救済してあげるかという家族の雰囲気作りや、親の態度に心をくだく方が先決です。年齢の小さいときからたくさんケンカをさせて早く卒業させてしまおう、というぐらいの気持ちでちょうどいいと思います。



◆きょうだいゲンカも反抗期も強いほど大きくジャンプできる

杉 浦: 反抗期と似ている点がありますか。
佐々木: 大変よく似ていますね。反抗期に親への反発が激しければ激しいほど子どもの成熟度は大きく、人格形成が豊かで、自発性が生まれてきます。反対に反抗期のなかった“良い子”は、思春期になると親に対する不信感をまとめて表出します。家庭内暴力、拒食症、自殺などの多くは親に対する仕返し、復讐であるともいえます。あるいは病的な歪んだ形での反抗といってもいいかもしれません。ですから、親に安心感を持っている子どもほど、きょうだいゲンカにしろ反抗にしろ強烈で激しいのですが、それを豊富に経験し学習することによって、カウンターリアクションとしての実りは大きく豊富で、共感性と自発性を備えもつ子どもに成長していくわけです。



◆ケンカを禁止しすぎると反社会的行動に走ることもある

杉 浦: しかし親は争いを好みませんから、やめさせてしまいます。
佐々木: あまり強圧的に、かつまた神経質に制止すると、なかには暴走族に入ったり、万引きに走ったりする子どもがでてきます。万引きは、おカネがなくて、その物が何としても欲しいから盗むのではありません。攻撃欲や征服欲の病的な対処の仕方なんです。兄弟の少ない子や、末っ子でいつもいじめられている子に万引きが多いといわれています。末っ子でいつもやられてばかりいて、家庭のなかで救済されていないと万引きに走るというのですが、きょうだいゲンカを小さいときたくさんやっていなければ、いい攻撃性が磨かれないからというわけです。兄弟については、心理学の依田明先生が素晴らしい研究調査をしておりますが、それによるとマラソンで途中棄権するランナーのなかには長男が多いそうです。野球の場合、守備の要としてキーマンに当たるセカンド、ショート、キャッチャーで大成している選手は“気くばり”のできる人が多く、長男はほとんどいない。子どものとき、兄弟のなかでもまれ、たくさんケンカをするなかで心くばりのできる個性が培われたのでしょう。ピッチャーやサードは長男でもいいそうです…。

杉 浦: 長男、次男、末っ子、一人っ子というようにタイプも歴然としてあるのですね。

佐々木: 気を使って生活しているので次男(次女)、三男(三女)は気くばりができる。親の育て方も影響しますが、平均的にみれば兄弟で性格の相違があるようです。長男は気がきかない、悪意のない、いい意味での鈍感さがあり、マイペースの仕事が向くようです。気くばりのいい名ショートをサードにコンバートしても名手にはならない。緊張しなくても済むので、かえって駄目になるそうです。

杉 浦: きょうだいゲンカを経験できない一人っ子はどうなるでしょうか。

佐々木: スポーツクラブに入れるなどの配慮は必要でしょうね。できれば、団体スポーツの方がよいかもしれません。また登山のような物事に健康的に取り組みながら征服することを学習させるのも良策でしょう。とにかく、子どもの健全な攻撃性、人間の本能としての向上心、征服欲をもっとも自然に、互いに傷つけ合わないで磨くのにきょうだいゲンカは格好のトレーニングですから「ケンカをもっとさせなさい」とけしかけるわけではありませんが、大いにケンカをさせて、見守ってあげることが大事です。しかし、「弱い者いじめはいけない」「お兄ちゃんの気持ちを逆なでするようなことはしてはいけない」ということは絶えず注意しておく必要があります。つまり、人間のあるべき姿を教える必要はあります。もっとも、こういうことは、子どもはちっとも守れないものであると、注意したり叱ったりする反面で、たえず親は承知しておかなければなりません。



◆子どもの発達の筋道を知りながら“しつけ”をするのが賢明

杉 浦: トイレット・トレーニングと同じように、親は発達の筋道を知っておくことが大事であるということですか。

佐々木: そのとおりです。親が「ケンカをやめなさい」と注意したらピタリとケンカがおさまってしまったら、それは逆に心配なことですね。


ケンカは強い者が弱い者をいじめるパターンにしばしばなりますが、それはいいことではないと諭しても、ききめはありません。それは、ずっとあとになって分かることです。親は子どもの発達に基づく適応行動の筋道を承知しながら子育てするのが重要で、社会の価値観に従って子どもが自ら適応行動を選択できるように育てていく過程がしつけです。しつけは広い意味で TPOだといわれており、きょうだいゲンカは自我が成熟するように働く大事なものですから、親としてはケンカを上手に利用してしつけるのは賢いやり方だと思います。いまのケンカは弟の方が悪かったときちんと話すのもいいでしょう。ケンカの最中に親が割って入って片方を保護したり、両方を成敗したり、ケースバイケースでしつけるのもいいでしょう。それぞれの家庭で、それぞれのやり方があって、許容的に対処する親もいるでしょうし、比較的口うるさく注意される親もいるでしょう。仲裁に入るタイミングも様々で、どちらが悪い、良いというものはありません。こういう場合は、こうした方がよい、というようなノウハウはありません。



◆きょうだいゲンカは友だちと仲よくするための家庭学習

杉 浦: きょうだいゲンカと友だちとのケンカの違いはどこにあるでしょうか。

佐々木: 友だちは、きょうだいや家族ほど絆が強くありませんから、仲直りはずっと難しくなります。きょうだいゲンカは信頼し合っている者同士の“わがまま”の言い合いですから、ゲームのようなものです。スポーツと考えていただいてもよいでしょう。しかし、友だちの場合はそうはいきません。本当の仲良しなら仲直りも早いでしょうが、表面的なつきあいの“仲間”とのケンカとなれば仲直りに時間がかかります。和解ができないまま、前のような親しさに二度と戻れないこともあるでしょう。極端な例では、一生の別れとなってしまうこともありますね。しかし、だからこそきょうだいゲンカをたくさん経験しておく意味があるわけです。子どもは、ケンカによって、どうしたら他の人たちと仲良くつき合っていけるかを勉強しているのですから。



◆強い子、大きい子が我慢するのが人間社会の道理

杉 浦: どうしても親は、上の子に我慢させますね。

佐々木: 当然だと思います。強い人が弱い人に対して1歩も2歩もゆずったり、豊かな人が貧しい人に手をさしのべたりするのは人間社会のルールのようなものです。車椅子の人が階段で困っていれば手伝って運んであげる。人間社会は強い人と弱い人、健康な人と病気の人、いろんな人が共存して成立しているのです。ですから、きょうだいゲンカをして強い上の子が我慢が足りないと叱られるのは仕方のないことです。私は、それでかまわないと思います。なぜなら、下の子ばかりいじめられることが多いのですから…。お兄ちゃんも強い人のなかに入ったらいじめられる。弟も近所の小さい子、弱い子のなかに入ると優位にたてる。大きい子が我慢する、強い方が我慢する、ということは世の中の道理であると、きちんと教えておくべきではないでしょうか。
 


杉 浦: “上が女の子で、下が男の子”という組み合わせのきょうだいの場合、ケンカをどうして収拾したらよいのか困ってしまいます。

佐々木: ケンカは何も物理的な暴力ばかりではありません。言葉によるケンカもあります。場合によっては言葉の暴力の方がはるかに強く、精神的に強いダメージを受けることだってあるのです。腕力では弟に負けてしまうので、口で打ち負かすことが多いと思います。口であれこれ言って散々にやっつけ、逃げ足鋭くその場を去り、弟に地団駄踏ませる。
あるいは先手必勝でポカリとやって逃げてしまう。それぞれの知恵を駆使してケンカをしているのですから、これも大事な経験で、ケンカを知らない純粋培養の子どもより、はるかによいと思いますね。

杉 浦: 親は公平に見えないことがあります。女の子と男の子のきょうだいだと、どうしても気になってしまいます。

佐々木: 女の子には優しい心根の女性になって欲しいという社会通念がありますから、どうしても女の子が、激しくケンカをしたりすると親は心配します。しかし、何度も言うように、きょうだいゲンカはゲームのようなものですから神経質になる必要はありません。一般には男親は女の子をかばい、女親は男の子をかばう傾向が顕著です。そして、親はできれば兄弟姉妹を同じように平等に育てたいと思いますが、実際は同じようには育てられません。生まれた順番があり、性別の違いがあり、環境も時々刻々と変化をしていくわけですから…。



◆集団の場面に出して“一人っ子に旅をさせ”

杉 浦: 最後にもう一度伺いますが、きょうだいゲンカのできない一人っ子について…。

佐々木: サッカースイミング、野球のようなスポーツ、あるいは絵画でも書道でもピアノでもいいですから、とにかくクラブやサークルに入会させるのがいいでしょうね。あの子は僕より上手だ、あの子は下手だ、優越感を持ったり劣等感を持ったりしながら人間関係のダイナミズムを学習する場面にひっぱり出してあげる必要があります。一人っ子は、ともすれば自己中心的に物事を考えてしまう傾向があります。これは環境でそうなってしまっていることで、本人ではどうしようもないことですから、親ごさんはその特性をよく知って子育てをしていただければと思います。ともあれ、きょうだいゲンカは筋書きのないドラマを見ているような、そんな”ゆとり”のある子育てができたら、子どもにとっても親にとっても楽しいことだと思います。
 

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