佐々木 正美(児童精神科医)

 

 今回は「嫁・姑」というテーマについて考えていくことにいたします。子育てに直接関係ないテーマかもしれませんし、核家族が急増している今日の都市社会では、三世代家族をとりあげるのは一般的ではないかもしれません。けれども、子育ては狭い範囲の親子関係だけでみることはできません。夫婦にとって、それぞれの親(祖父母)の存在は同居、別居とを問わず広い意味で“家族関係”を構成していますし、とくに嫁・姑の関係は重要です。嫁と姑のトラブルが原因で夫婦関係にき裂が入り、夫婦(両親)がうまくいかないことで子育てにつまずきが生じることもしばしばあるからです。

古くて新しいテーマである「嫁・姑」の問題を考えながら、子育てについて一緒に勉強していくことにいたしましょう。

 

 

 

 Q.小説のテーマにもなるほど、一般的には嫁と姑の仲はしっくりいかない場合が多いですね。

 

 「おじいちゃん、おばあちゃんだって家庭生活のある部分に対して主導権を持ちたいと思うのは自然な気持ちです。そして、働き盛りの夫婦も主導権を取りたいと思う。しかし、原則としては、いま家計を支えている世代が主導権を握るのが当然です。そうでないと育児に限らずすべての面でうまくいかなくなり、三世代家族はギクシャクしてしまいます。ですから、祖父母の世代の名誉を傷つけないようにしながら、親の世代(若夫婦)が主導権をとることが賢明です。共働きのご夫婦でこんな例がありました。夫の両親と同居をしている奥さんが家出をしたのです。姑さんとの関係で悩んでいました。夫が実の親に対して何も言えないのです。ただ奥さんに我慢してくれ、と言うだけなのです。けれども奥さんはときどき我慢しきれなくておじいちゃん、おばあちゃんと衝突してしまう。例えば子どものことで『そんなに口やかましく叱らないで』『子どもが嬉しくてはしゃいでいるのに嫌な顔ばかりして』と、いった類のことがつい口に出してしまうわけです。こうなると奥さんは基本的には他人であって、実の子ではありませんから人間関係が非常に具合いの悪いことになります。ところが、もし実の子が言ったらどうでしょうか。この場合は息子である主人です。そうすれば祖父母のプライドは傷つかないか、傷ついても小さいのです。本当の親子は次の瞬間にはもう口をきけます。兄弟ゲンカと同様に、親子ゲンカもなかばゲームのようなものですから。

 

 

 大切なことは、どちらが正しい、正しくないということではなくて、家庭を支えている中心は誰なのかという点です。とくに親と同居している場合はそれを明確にしておくことが必要です。祖父母は若夫婦より世代が上ですからプライドがありますが、そのプライドを保持させながら、いまの価値観や自分たち夫婦の育児に対する基本的な方針などを同居している親にしっかり伝えておくのがいいのです」

 

 Q.それを伝える役目は、実の子というわけですね。おじいちゃん、おばあちゃん夫婦と自分たち夫婦の間に立って…。

 

 「私も実の両親と同居していましたから、いつもその役割を負っていました。両親、とくに母親は他の兄弟の方がずっと優しいと言っていました。当然なことです。一緒に生活をしていない息子たちは、たまに花などを持って来て、いいところだけ見せて帰るわけですから。それはそれで結構ですが、かといって他の息子の家には行きません。身体の具合が悪くなれば看病するのは同居している息子夫婦なのです。歳をとりますと、ちょっと優しい言葉をかけられるとすごく嬉しいし、逆にちょっと嫌なことを言われると不機嫌になるものです。三世代が一緒に一つ屋根の下で暮らすということは、親(祖父母)と自分の子どもを同時にしつけることでもあるのです」

 

 Q.その点がいい加減ですと家庭はしっくりいかなくなる…。

 

 「一般に日本人は親子関係が非常に密着しております。それも母親と息子の関係が濃密で絆が強く、息子に過干渉になる。この結果マザーコンプレックスになった人が結婚して三世代で暮らすと、夫が両親に対して大事なことをしっかりと言わず、当然のなりゆきとして嫁・姑の確執が激しくなってくる。妻には、ああして欲しい、こうして欲しいと様々な要求を出すが、両親には何も言えない。両親にとっては息子はよくできた子で、それに対してお嫁さんはダメだ、ということになります。これではお嫁さんの立つ瀬はありません。まして家の中で血縁関係がないのはお嫁さんだけですから、精神的に孤独感が強まり居づらくなるのは当然です。前述した例は夫がマザーコンプレックスで、その結果が奥さんの家出という典型的なケースですね」

 

 Q.まず夫婦関係がきちんと確立されていることが基本ですね。

 

 「夫が妻の立場をよく分かっていることが必要です。夫が両親にはっきりものを言ってくれる、そのことがどんなに妻にとって救われることかを理解する必要があります。血のつながった夫(または妻)が祖父母に言うというルールが確立されれば、三世代家族もわりとうまくいきます。感情的なしこりが残らないからです。子どもは夫婦が共同してしつければよいのですが、祖父母は実の子がしつけなければならないと思いますね」

 

 

 Q.具体的な話になりますが、おばあちゃんが、子どもが朝起きると全部支度をしてあげます。もうすぐ幼稚園に入るので、自分でやらせたい、などと考えているお母さんもいると思いますが…。

 

 「おばあちゃんは孫の面倒をみるのが嬉しいのです。やってもらっても問題はないと思います。人に手伝ってもらったから着替えができないという人はいません。着替えを練習する機会は、お風呂あがりとか、他にもいくらでもあるわけですから。三世代家族の私の子どもは、核家族や共働きの家族の子どもより一見、衣服の着脱や洗面は、スタートの時点では遅いように思います。しかし自立はしっかりしています。というのは、小さいときから祖父母に存分に許容され、依存体験が充分にあるからです」

 

 Q.おじいちゃんが孫の口に食べ物を運んだりもしますが…。

 

 「それも同じです。しかし、子どもはそんなことを誰にでも求めたりはしません。それは、おじいちゃんにしてもらうことであって母親や他所(よそ)のおじさんにしてもらうことではないと、子どもなりにわきまえています。祖父母というのは異常なほど孫を可愛いがります。そして私は三世代家族というのは、子どもの要求をたくさん聞いてあげられるので、子どもにとっては良いものだと思います。親より許容量が大きいので、子どもの精神衛生を非常によいものにします。

そして、どんなに祖父母が孫を可愛いがっても、結局は親の方になつくことも承知しておく必要があります」

 

 

 Q.夕食前に甘い物を与えたりして、お嫁さんにとっては有り難迷惑な場合もあります…。

 

 「そんなときは、他のことで孫を可愛いがってもらったらどうでしょうか。マンガを一緒にみるとか…。そして、あまりの猫可愛いがりで両親のしつけや子育ての方針に支障があるようであれば、苦情は実の息子が言うのがいいでしょうね。誤解を恐れずに言えば、子どもは結婚をしたら親不孝になるぐらいの方がいいのです。親とお嫁さんの二者択一を迫られたら、お嫁さんをとる覚悟が欲しいものです。しかし、それでもどうしても同居がうまくいかない家族もなかにはいると思います。無理をすると、それぞれの夫婦関係がおかしくなり、家族が崩壊することにもなりかねません。本当にどうしようもないかどうかを検討するには、実の子がどれくらい両親と言い合いができるか、ということです」

 

 Q.一方では同居のよさもたくさんあると思いますが…。

 

 「子どもは、おじいちゃん、おばあちゃんに随分と心を育てられているのです。例えば、年寄りが徐々に衰えていって、やがて亡くなるという過程をつぶさに見たり、それを母親が介護したりする姿を見たりするのは、子どもが成長していくうえで貴重な経験となるはずです。人に対するいたわりや優しさを口で言って教えるより、自然に身についていきます。ですから、夫の仕事や様々な事情で別居していても、祖父母とは始終行き来することが必要です」

 

 

 Q.子どもは大きくなると大人の干渉が邪魔になります。母親だけでなく、おばあちゃんに言われても迷惑顔ですが…。

 

 「今日は雨が降りそうだから傘を持って行きなさいよ、と言われる。しかし、本来、子どもは雨が降ってもいないのに傘なんて持って行くのは嫌いなのです。祖父母は親切心で天気予報で言っているからと、しつこく言う。こうしたことを、うるさくて煩わしいと感じている子どもは、普段から他にもいろいろとうるさいことを言われ続けているわけです。ですから、うるさいことを言われている総体を点検する必要があります。その点検は、親の方がうるさいことを言い過ぎていないかという点検です。子どもは、総量に対して、うるさいと感じているわけですからね。従って、親としては、おばあちゃんがいろいろ言うのはお前のことが可愛いからなんだよ、と伝えておくのがよいのです。おばあちゃんの気持ちを親から教えられている子どもならば、念を押すぐらいに言われても煩わしく感じないで、聞き流すことができるでしょう」

 

Q.間き流す、ということについて具体的にはどんな家族関係があれば可能なのでしょうか・・・。

 

「親は、祖父母の言うことは孫が可愛いからだ、と実感しなければならないでしょうね。善意で言っているのだと好意的に解釈すればよいと思います。もし、主人の実家の祖父母の言うことはいちいち癇(かん)に触ってうるさいと感じたら、子どもも同様に感じてしまいます。親の感じ方、物の考え方、姿勢は驚くほど子どもに伝わります」

 

 Q.ところで、祖父母と同居の場合、息子夫婦、娘夫婦どちらがうまくいくでしょうか…。

 

 「選択は難しいですね。娘の夫が老親の面倒を苦にしない人であるなら娘と同居の方がいいようです。娘には頼りやすいという感情が祖父母にはあります。面倒をみるということについては、男は下手なのです。仕事をもっているために、祖父母との接触時間が少ないのもその一つです。しかし、将来、夫婦の役割は同じように分担し合うべきといった社会になったら別ですが、現時点では娘さんが両親の面倒をみて、他人である夫がそれをサポートするのがいいと思います。ときには、夫が妻の親とコミュニケーションがうまくいかないこともあるでしょう。そのときは、妻である娘がしっかりと親に言っていけばいいのです」

 

 

 Q.祖父母や夫婦がそれぞれ言いたいことを我慢している家も…。

 

 「そんなふうにならないための鍵は、繰り返しになりますが、実の子がイニシアチブをとることです。仲がよければ冷静に話合うことができます。いけないのは、祖父母が自分の娘を、あるいは息子を盗られたという感覚になることです。こうなるとある種の敵対関係です。高じてくると、別居となるわけです」

 

 Q.誰もがいつかは舅、姑になるわけですが、そのときになってあわてないための心構えを‥・。

 

 「基本的には夫婦が仲良くしていくことです。嫁と姑との仲が悪い場合にいえることは、舅と姑との仲も悪いといえます。夫婦の仲が大事なのです。仲の悪い方がいい方に対してひがむわけですから。

 人は孤独であると他に干渉したくなるのです。夫婦関係より親子関係を大事にしているようではダメです。夫婦関係を大事にしないでいい親子関係というのはないのです。夫婦関係がいいと子どもは安心して離れていけるし、親も離してあげられます。残された親も淋しくはないのです。親は犠牲になったという意識で子どもを育てないことです。しかし同時に子どもに没頭する、育児に専念するといったバランス感覚が必要です。気持ちの上でです。夫婦関係を大事にしないで育児をされても、子どもは迷惑でしょう。悪い夫婦関係の状態で孫に干渉すると皆が迷惑します。

 

 やがて夫婦は人生の途上で伴侶をなくします。ひとりになったときには友だちを外に持つべきです。老人クラブ、ご近所との親しいつき合いなどが大事で、若夫婦の家族に深入りしないで外に目を向けていくべきです。自分の淋しさを紛らすのは家族にではなく、友だちと一対というように。病気のときにお世話になるのは別です。連れ合いと一対、友だちと一対という気持ちをもっていることが、安定した同居生活を送る智恵ではないでしょうか。かつてのように、嫁が忍従した時代はもうやっては来ないのですから」

 

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