働くお母さん

 

佐々木正美先生に聞く

 働いているお母さんの心

働くお母さん

 働いてみて仕事を持っていた母を理解

 時間的余裕のなさをカバーするには

 子どもの心を考えて園さがしを

 お母さんを支えるのはお父さん

 働くお母さんに望むこと

 

  私の手元に一通の手紙があります。仕事を生涯続けたいという希望をいだき、実際そのとおり結婚、出産、そして子どもを保育園に預けて仕事を続けてきた方からのものです。朝、子どもをつれて園へ行くと、もう大泣きに泣いて、ハイハイしながらお母さんを追ってきます。子どもへのいとおしさやせつなさを断ら切り、心を鬼にして勤務先に向かいますが、子どもは昼食やオヤツも食べず泣き続け、ときにはお昼寝の時間に他の子どもに迷惑なので一人だけ廊下に出されたこともあったそうです。母親としてのつらい想いを感じながら、働いていても職場ではそのためにイライラしたりハラハラしたりの不安と緊張の5年が続きましたが、二番目の子どもの出産を機に退職したとのことでした。手紙には、心の余裕のなかったこと、母親らしいことは何ひとつしてやれなかったという反省と自責の念がしたためられていました。

 このように仕事と子育ての狭間に立って働くお母さんの悩み、苦しみはじつにたくさんあります。今回は、働いているお母さんと話し合ったり、寄せられた手紙や質問を拝見したり、またいろいろな場面で見聞きしたことなどを折りまぜながら、働くお母さんの気持ち、暮らし、工夫などについて 佐々木正美先生と一緒に考えてみたいと思います。

 

 

 

 働いているお母さんと、家にいるお母さんとの違いはありますか。

 

 「いわゆる専業主婦のお母さんと比較すれば、仕事量は多いのは事実だと思います。専業主婦のお母さんも育児のかたわら家事労働がいっぱいありますから、けっして暇というわけではありませんが、職場の仕事は一日8時間は確実にありますから、時間的な制約から子どもに接する時間はどうしても少なくなるのは否めませんね。ここがまず専業主婦と異なるところです。そこで仕事から帰ってきたら、子どもの喜ぶ夕食を作ってあげよう、夜は絵本を見ながら一緒に寝てあげようといろいろなことを熱心に考えたりしますが、仕事の疲労からついイライラしがちで、子どもの希望を無視しがちになったり、叱ったりするので、些細なことでつい負い目を感じているお母さんも少なくないようです。また、たとえば洗濯は週3回まとめてすることによって家事を合理的、効率的に工夫している人も多いのですが、子どもやご主人に対して何か肝心な点で手抜きや犠牲をしいていないだろうか、というような罪責感さえ感じているお母さんもいるようです」

 

 専業主婦のお母さんが子育てが必ずしも上手とは言えませんし、仕事を持っているお母さんの子どもが平均的に手のかけ方や状態が悪いとは思えませんが…。

 

「子どもが小さい時には家にいて、小学校に入学してから勤めだしたお母さんに聞きますと、仕事を持つようになってからのほうが子どもとのつき合い方が充実してきた、と実感する人も多いようです。家にいた頃はいつでも子どもと一緒にいられるので、その日その時にしてやれることを、『あとで』『あしたね』というように一日延ばしにしてしまった。ダラダラと適当に一日を過ごしてしまって、子どもとよい関係でいたとは思えないと感じる人もいるのです。毎日、子どもと一緒にいたときのほうが“ダラダラ”と“適当”であったという感想はなかなか示唆に富んでいます。ずっと家にいることで子育てに疲れてしまって、生活にメリハリもなくなり、もっと気分の転換をしたかったというお母さんも大勢います。もちろん、専業主婦のお母さんがそうだというわけではありません。よい育児をしている人が多いことは言うまでもありません。」

 

 

 

 かつて自分も働くお母さんに育てられ、いま自分も働く母親という人もいると思いますが、そうした経験をされた人の話を聞いたことがあれば紹介してください。

 

 「そうした経験をもっているお母さんを何人も知っていますが、ある人は『母が働いていることでひどく悲しい想いやつらい想いをしたという記憶はありません。むしろ尊敬していました。日曜日はうんと遊んでくれました。母はいつも夜に洗濯をしていましたから、洗濯は夜にするものだと大人になっても思っていました』と言っていました。その人はまた、『疲れのせいで、ときどき八ツ当たり的に叱られましたが、すぐにゴメンナサイと謝ってくれました』とも語ってくれました。この人などは、育児や家事に創意工夫がゆき届いた働くお母さんに育てられた例だと思います。またほかの例ですが、自分が子どもの時、お母さんが働いていたために淋しい想いをしたことが多かったという女性が、いま自分自身が仕事をもちながら子育てをしてみると、あの頃の母親はこんな想いをして自分を一生懸命育ててくれたのだなと、改めて母親を理解することができて、感謝の念で胸がいっぱいになったと感慨深げに語ってくれたあとで、こういう気持ちが自分の育児への情熱を支えているとも言っていました」

 

 

 

 働くお母さんの悩みの一つは時間的な余裕が絶対的に不足していることです。まして、上の子が小学生、下の子が保育園児ともなれば対応に差があるので困ってしまう場面にしばしば出会うと思うのですが。

 

 「いろんな事例があると思いますが、例えば上の子はノンビリ屋さんだから目をかけてやらないと学校の宿題をいいかげんにしてしまう。だから上の子の宿題をみてやっていると、下の子はやっとお母さんに会えたのに上の子の面倒ばかりみているので嫉妬して駄々をこねる。そのうちお母さんの奪い合いで兄弟ゲンカが始まります。よくある兄弟ゲンカや妬むきもちは自然なことですし、子どもの心理、情緒的発達から見れば健康なことですから問題視するには及びませんが、お母さんからすればジレンマです。どちらの子どもも可愛いのに両方に手が回らないと思えてしまうのですから。とにかく、子どもというのはお母さんが家庭にいないので悲しかったとか、困ったとかいうことはよく覚えています。そこで何を最優先させて、どこを工夫したらよいか、という課題がでてくるわけです」

 

その点を是非とも知りたいのですが…。

 

 「私の職業柄、たくさんのお母さんとお目にかかる機会がありますが、そのなかで参考になりそうな例をいくつか紹介してみましょう。あるお母さんは食事の後片付けは子どもが寝てからするそうです。起きているときはゲームをしたり本を読んだり。いつでもできることは後まわしにすることを生活の基本にしているそうです。また別のお母さんは、子どもの食べたいものを聞いてから夕食を作るようにしていると言います。そして、その子は包丁を使うのが好きなので野菜を切ってもらったりしながら、子どもと一緒に食事づくりをしているそうです。この『一緒に』を大切にして。さらに別のお母さんは、隣に祖父母が住んでいるのですが、1週間に一度はみんなでにぎやかに食事をするように心がけていると言います。

 紹介した事例は食事が多いようですが、いずれにしても何をするかということと、どれを優先させて、どれを後まわしにするかという知恵が働いていて素晴らしい工夫だと感心しました。

 こんな話を伺ったこともあります。その家庭ではとにかく限られた時間内に家事を合理化するために大型冷蔵庫、電子レンジ、乾燥機、食器洗い機など電気製品をセットしています。おカネをかければすべてが解決するわけではありませんが、生活の工夫や合理化について夫婦でよく話しあいをしており、夕食メニューの宅配やベビーシッター派遣業、さらにコンビニエンス・ストアや休日急患診療所まで、じつによく調べて利用しています。『地域社会の人的・物的資源やサービスを上手に活用する手だてを考えて、いま流行の言葉で言えばコーディネーターのような働きやセンスが仕事を持つ母親に有用だと思います。母親だけのカンバリではいずれ息切れしてしまいますから、家事、育児、仕事を一人ですべて完璧にこなそうとしないのが長く仕事を続けるコツのような気がします』と言っていました。そしてもっとも大切なことは、常日頃から近所に気のおけない仲間や、話し相手をもっているということです。困ったときにお互いに助けあえるような間柄になっていれば申し分ありません。気持ちにゆとりのある生活ができます。

 それから、これは理想論ですが、子どもが何歳になるまでは週に一度は早退できるというような制度が企業や事業所に取り入れられたらどんなに素晴らしいかと思っています。労働法規の専門家からみれば愚かな発想かもしれませんが、11時間の育児時間を拡大解釈して新しいシステムができればというわけです。一定の年令に達してしまえば不必要なものなのですから。そして実際、子育て時代はもう少し早く家庭に帰って、帰ってくる子どもに『お帰りなさい』と言ってあげたいと望むお母さんがじつに多いのです。」

 

 

 

 ところで、子どもが園に行きたがらないで困っているお母さんは意外と多いと思うのですが…。

 

 「深刻な例がありました。その人は初めは勤務先の近くの園に子どもを預けました。しかし、いずれは小学校に行くのだから近所の友達と一緒のほうがよいだろうと考え、自宅の近くの園に変えました。親としては、それなりの配慮をしたわけです。1年間はなんともなかったのですが、4歳のとき受けもちの先生が代わったのですが、子どもとの相性が折りあわず問題が深刻化しました。受けもちの先生の顔を見ただけでひきつけを起こすほどになったというのです。結果は元の園に戻り、いまでは元気に園生活を送っています。本来は園長先生が子どもと先生の相性を見極めて適切な配慮をしてくれればよかったのですが…」

 

園の人事や人間関係などがからんできますから、困難な問題もあるのでしょうね。

 

 「そうですね。学校でも同じようなことがあって、子どもの立場よりも、しばしば校長先生が教職員の立場に立つようなことが見受けられます。先ほどのお母さんは、ある日、どうしても子どもが園に行かないので、それとなく『うちの子が先生を怖がっているようです』と言いましたら、その先生は子どもを小脇に抱えこんで『私は怖くなんかないよ』と大声でどなったそうです。こういう情緒障害のような保育者や先生に出会ったら子どもも親も悲しいですね。まれな例でしょうが…。

 こんなケースもありました。ゼロ歳児から保育園に預かってもらいましたが、肥満児になってしまいました。保健所の三歳児検診で指導され園での生活状況を聞いてみると、ミルクをよく飲むのでたくさんあげているということでした。ところが、じつは他の子が残したものを飲まされていることが分かったと言うのです。ちょうど引越しをしたので転園しましたが、このようなことがなければ職場に近くて送迎に便利なので転園する必要はなかったと言っていました。

 こんなのはきわめてまれなケースでしょう。私も大変ショックでした。しかし本当の話なのです。愛情の豊かな保育者ならば、そう長い間、子どもが園をいやがることはないでしょう。」

 

親が事情を説明して、保育園、幼稚園、学校にお願いしてもスムーズにいかないケースが多いようですね…。

 

 「多いか少ないか、私にははっきりわかりませんが、ただ次のようなことは言えるような気がします。つまり、親が直接に園や学校にアタックすると事態がこじれるようです。保育者や先生の自尊心を傷つけ、プライドのある先生ほど意固地になる傾向があります。むしろPTAや父母会の企画する講演会や研修会などで問題点をヤンワリと指摘してもらい、先生方にハッと気づいてもらうようなやり方が有効なようです。私自身もときどき子どもと学校の橋渡し的な役割や調整を依頼されますが、診療室における診療以上に骨の折れる仕事です」

 

 

 

 働くお母さんにとって、お父さんの協力は欠かせませんね。

 

 「子どもが大好きで、休日には天気さえよければ必ず二人の娘さんとサイクリングに出かけるというお父さんがいます。普段、勤務のある日は朝6時に出勤、夜は遅いので、休日だけが子どもと思いきり接触できる日だと言うのです。日曜日の朝食もお父さんが作りますが、少しも負担に感じません。むしろストレス解消になる、と言っていました。そういうお父さんもいます。別の家庭では、お父さんとお母さんの休みを別の曜日にとるようにしているというのです。お母さんは士曜日と日曜日か休日で、お父さんは水躍と木曜という具合です。たまたまこ夫婦の仕事の関係でうまく調整ができていますが、親子でいる時間を長くするという点では、これも共働き夫婦における子育てのアイディアでしょう。もっとも家族全員で一緒に活動するということでは難点があるようです。それぞれの家族のあり方があってよいのでしょう。」

 

 

父親の協力や参加が必要とはわかっているのですが、ではいったいどのような役割をしたらよいのか、その点をお聞かせください。

 

 「昔のような家事に非協力的なガンコ親父は少なくなりましたね。家庭サービスを大切にし、優しいお父さんが増えているように思えます。『家の中で一番優しいのはお父さん』と答える子どもがいたりするほどで、多少とも厳しい“しつけ”の主導権はもっぱらお母さんが握っているという家庭も少なくないようです。けれどもお母さん達は本音のところでは叱り役はお父さんに戻して、自分は優しいお母さんでありたいと願っている人も多いようです。仕事をもっている働くお母さんだけでなく、多くの母親が望むのは、必要に応じてしっかりとした精神的な支えになってくれる夫であり、育児は父親と母親の二本柱の安定した連携プレイによってやっていきたいと思っていますね」

 

 

 

 園などに出向くことが多いようですが、どんな印象をもっていますか…。

 

 「お母さんが子どもと接する時間が足りないから、子どもがうまく育たないというようなことはないということです。大切なことは、子どもと出会っているときが大事なのです。具体的には子どもと向かいあっているときに、子どもの望む親である、ということです。ですから基本的には必ずしも時間の長短はそれほど関係がないのです。親子でいる時間の過ごし方が大切です。『お母さんは昼間、仕事をしていて忙しいから、疲れているから、あなたの望んでいるようなことはしてやれない』『お母さんがくたびれていることを分かってちょうだい』という態度が子どもに伝わり過ぎてしまったのでは、働くお母さんとしてはやはり問題です。働いていることを幼い子どもに対する言い訳にしてはいけないと思います。この基本的姿勢をもっていれば、仕事から帰った後の短い時間や休日だけの接触で大丈夫ですし、子どもにとってたいしてマイナスとはなりません。

 神奈川県衛生部の調査で次のようなことがわかりました。病気療養で入院のため子どものそばにいられないお母さんはけっして子育てが下手ではない。むしろ、いつもイライラしていたり、隣近所に親しい人がおらず、人づきあいが嫌いなお母さんの方が育児がきらいで、下手だというのです。やはり育児時間の長短ではないのです。働いているストレスを子どもにぶつけない、疲れたことを言い訳にしない、イライラを子どもに向けないことが何よりも大事なのです」

 ※佐々木先生は現在診療はされておりません。

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