遊べる子 遊べない子

 

 

 

  佐々木正美先生に聞く 「遊べる子・遊べない子」    子育て協会

 

 子どもたちが遊ばなくなった、遊べなくなった、と言われ始めたのはいつの頃からでしょう。最近では、子どもとうまく遊べない、どうやって遊んだらいいか分からない、という親も増えているようです。このところ「生きる力」や「心の教育」ということが盛んに唱えられていますが、子どもたちが生きていく力、人とかかわる力を獲得していく上で、遊びが果たす役割はとても大きいように思えます。子どもにとって遊びとは何か、その意義を今一度確かめるため、精神科医の佐々木正美先生にお話を伺いました。

      

  • 遊びとは何か

一般的に"遊び"というと、どちらかというとマイナスのイメージがあって、親はつい「遊んでばかりいないで勉強しなさい」などと言ってしまいがちですが…。遊ぶ子ども

佐々木/子どもにとっての遊びとは、大人にとっての遊びとはおよそ違うものです。大人はとかく、勉強と対比したり、働くことと対比したりするわけです。よく働く人はすばらしい人と言われますが、遊び人と言うとイメージがとても悪いですよね。

子どもにとっての遊びとは、どういうものなのでしょうか。

 佐々木/一言で申しますと、子どもが創造的に虚構の世界をつくるということです。例えば、お友だちとお母さんごっこをするとき、「お母さん役はわたし」「わたしは赤ちゃんになる」などと、日常的でないお母さんや自分を演じて親子遊びができるのです。動物になったり、怪獣になったり、いろいろなものになれるんですね。遊びは日常生活の場面とは違います。想像的なイメージ、現実の場面から切り離されたもので、非常に創造的な営みであるわけです。

現実から離れる虚構の世界というと、テレビ、ビデオ、ゲームなど、外遊びよりも家の中で、しかも一人でできる遊びが多くなってきていると感じるのですが。

 佐々木/遊びの方法が変わってきていますね。一人でストレス解消をしている子どもは、仲間との共感的な関係をもてずに育ちますし、人間関係の中でくつろげないためにテレビゲームなどで紛らわしていると思います。

遊びの内容が質的に違うということでしょうか。「外で遊びなさい」と言うだけでは、遊ぶ場所も限られてきていますし、時間的にも余裕がなくなっていますよね。

佐々木/そうですね。言われてできるくらいなら、子どもはもうやっていますよ。テレビゲーム以外に楽しく遊べる時間や場所、仲間を周りの大人が考えてあげないと。とにかく、友達と熱中できる活動を共有しながら、子どもは人間関係をつくっていくのですから。

    

  • なぜ遊びが大切なのか

周りの大人が子どもの遊びについて考えたり奨励するというのは、以前だったら考えられないことでしたね。子どもにとって遊びが大切だということが、どうして今さら言われ始めたのでしょうか。

佐々木/昔は十分な自然がありましたから、だれも自然の大切さを語る必要がありませんでした。近年になって自然が不足してくると、その大切さがクローズアップされてきましたね。それと同様に、子どもにとっての遊びは当たり前のことでした。今、生活環境の変化で上手に遊べない子が増えてきて、ちょうど子どもにとっての遊びの意義が、水や空気のように大切な意味をもってきた、と思います。

子どもにとっての遊びというのは、単なるストレス解消とは違って、必要不可欠なことだと……。

佐々木/ええ。遊びというのは暇つぶしではないのです。勉強を逃げるためでもないし、仕事や家の手伝いがイヤだからやっていることではありません。

本来の遊びのどういうところが大切なのでしょうか。

佐々木/遊びというのは、子どもが単にやりたいことを好き勝手にやっているのとは違います。一定の決まりやルールをみんなで守ることが必要になってきますね。現実から切り離した虚構の世界であるということ、しかもルールをつくって守り合うということ。この二つが遊びにとっては非常に大切なことでしょう。

確かに子どもたちのごっこ遊びは、役割やルールを決めた想像の世界の中で行われていますね。

佐々木/そうです。しかしよく見れば、現実からひどく遊離しているようで、実際は現実の日常生活での体験や見聞を総合的に模倣したり、自分なりに解釈してやっている。突拍子もない世界ではなく、子どもの眼からみた大人の社会や生活を、想像的かつ創造的にやってみようとしているのですね。このことに私たちは改めて注目しなければならないと思うのです。

子どもは一見くだらないことに熱中しているような気もするのですが…。

 佐々木/子どもたちは遊びの中で、いつも一番楽しいことを単純にやっているとは限りません。非常に苦労して目的を達することもある。陣取りゲームでも、かけっこでも自分の肉体的能力の限界まで使い、知的にも非常に努力しているんですよ。このことこそ、人間的な成熟にかけがえのないことです。不都合な条件を共有することは、直接の衝動をコントロールする習慣を身に付けるために、とても大事な行為なわけです。

 

  • 遊びと社会性

最近、集団生活に適応できない子どもたちの間題が指摘されていますが、遊びというのは社会人になるための練習の場なんですね。

佐々木/ええ、子どもは順調に成熟すれば、幼年期の終わり頃にはルールを守り、役割を担い合って一定の目的を達することに満足感を感じるようになります。いつか社会の中でやることを、まず遊びの中でやってみるわけです。だから社会性というものは、十分な遊びの体験があれば、自然と身についてくるはずなんですよ。

子どもの社会性を養うというと、スポーツを思い浮かべる人も多いかと思いますが。

佐々木/最近はスポーツも、原っぱや空き地で自由に仲間が集まって、野球やサッカーをしたりというようなことではなく、どちらかというとクラブに入ってするようになりましたね。今日のクラブはほとんどコーチや監督に、知識や技術を習う場になっていると思います。大人に指導されたスポーツと、子どもたちが仲間と共感しあって楽しみ、自分たちでつくりあげる本来の遊びとは違うものなのです。

子どもが、自分たちでつくり出すということが大切なのですね。

佐々木/その通りです。精神分析家のエリクソンは、子どもたちが社会的な人格を形成するために絶対的に必要なのは、友達から多くのものを学ぶこと、そして友達にものを伝えたり与えたりすることだ、と言っています。これらは、子ども同士の遊びのなかで、いちばん達成されることではないでしょうか。

   

  • 遊びの足りない子どもたち

そういった仲間と響き合うような遊びが足りないことによってどんな影響があるとお感じになっていますか。

佐々木/私たち児童精神科医が会うのは、圧倒的に社会性が獲得されていない子どもたちですね。たとえば、家庭内暴力、拒食・過食症、薬物乱用、自傷行動など社会的な不適応あるいは行動障害と呼ばれるような子どもたちです。一方、グループで暴走したり、非行をしたりする子どもたちがいます。どちらにも共通するのは、人とコミュニケーションするために必要な感性や情緒が育っていないということです。それは、仲間と一緒に楽しく遊んだという体験が不足しているからなのです。その体験を十分に満たしておかないと、その後、何歳になっていても、やり残したことを取り戻さなければならなくなりますね。

子どもの人格形成にとって大切な遊びが欠けた場合、どんな障害がおこるのでしょうか。

佐々木/ボーダーラインという人格障害があります。一言でいいますと、怒りの感情のコントロールができない、相手の立場になってものを考える感性が育っていない、些細なストレスで混乱し自傷的な行動に走るような症状です。ルールを守り、自分の衝動や欲求をコントロールしながら、みんなで価値を認め合う。そういった自然に身につくべきはずのことが、欠けてしまいます。

言葉を変えれば、キレる、自己中、パニックといった最近の子どもの問題行動と同じといえますね。この頃「子どもの遊びがおかしくなっている」ということをよく聞くのですが。例えば、鬼ごっこでもわざとつかまったり、すぐやめてしまったり。遊ばないというか、遊べない。遊びが成立しないといったような…。

佐々木/上手に遊べない子というのは、まず、自分のいうことをよく聞いてもらえていない子ですよ。自分の要求や願望を聞いてもらう以前に大人たちから「こうしなさい」「あれはだめ」と言われ過ぎて育っているのです。そういう子は、周囲の人に自分に目を向けてもらおうという気持ちをいっぱいもっていますから、わざと人のいやがることをしたり、大人にまとわりついたりして、愛情を確かめているわけですね。まず、自分の望みを十分かなえてもらうことによって、人を信じ自分を信じ、自立していくという最初のステップを越えなければ上手に遊べないのです。

 

  • 私たち大人にできること

子どもたちに遊びを保証していくために、私たち大人に求められていることは何でしょうか。

佐々木/現代の子どもは、豊かな人間関係をもつ親に育てられているでしょうか。私たち大人は、自分のことをたくさん聞いてもらえる友人がいると、相手のこともよく聞いてあげられますね。それと同じで、共感的なコミュニケ一ションを日常的に豊富にもたない状態で育児に携わろうとすると、どうしても自分の思いばかりを子どもに伝える傾向が強くなるのです。

文部省では、心の育ちは家庭で、と言っているようですが。

佐々木/親だけではなく、保育者もそうですね。私はよく保母さんに「一匹狼はいけません。同僚と親しくされるのが大切ですよ」と申すんです。孤軍奮闘では、一生懸命に保育をすればするほど、自分の思いを子どもに伝える指示や命令の言葉ばかりになってしまうでしょう。いろいろと豊かな人間関係の中で、自分の思いを仲間に聞いてもらい、相手の言うこともたくさん聞く相互依存関係の中で育児をすると、子どもを十分受け入れてあげられるんです。

大人自身が孤独ではいけない。大人が多くの人とつながっていないと、子どもも友達と本当の意味で遊べるようにならないのですね。今日はありがとうございました。

 

 

   

インタビューを終えて

このところ、幼児や小学生がパニックをすぐ起こしたり、みんなでやることを苦にしたりする傾向が強いという話をよく聞きます。人とうまく人間関係が結べなかったり、集団生活に適応できなくなっている、そんな子どもたちの育ちの背景には、こんなにも"遊び"の問題が大きく関わっていたのかと、佐々木先生のお話を伺って改めて感じました。 今後は、子どもたちに十分な遊びの体験を与えてあげられるよう、意識的な場づくりも必要でしょう。家族で遊ぶだけでなく、複数の家族と遊ぶ機会をつくったり、地域の子ども会を見直すなど、豊かな遊び環境を整える大人の努力が欠かせない気がします。 ともあれ、母親一人だけでは、人とつながり、共有し合い、分かち合う関係を子どもに模倣させることができません。近隣との関係や地域社会のあり方が変わりつつある今、社会全体で子どもたちの育ちをあたたかく見守り、育んでいくまなざしがますます必要になってくるのではないでしょうか。

     

 ©子育て情報誌 「コミュニケーション」21号より 1999 (子育て協会発行)

▲ 上に戻る