高校には、合格した学校に心から喜んで入学してくる生徒だけとは限りません。中学校の進路指導に納得できなかったり、親が行きなさいと言うから、友達が行くから、希望した学校ではなかったとか、その内心はさまざまです。不本意入学でも新たな希望と居場所を発見できる生徒も多いのですが、不本意なままの学校生活を続けていることもあります。

 机に向かっての勉強はあわない、自分の希望しない学校生活をやらされている、やりたくないことを積み重ねている。このような無理が続くと次の段階で起こってくるのは、何かしらの問題を起こすということが割と多いようです。授業を怠けたり、授業中良くない態度を示すことがあります。ノートも鉛筆も持ってこない。授業中マンガばかり見ている。そうして僕は納得してないぞ、承伏してないぞ、ということを態度で表すことがあるのです。

望まないことを次々とさせられていても、子どもは我慢して少しは努力します。けれども限界まで来ると、こんどは反抗を始めることがあります。学校で暴力行為など問題行動を起こして、学校から来てくれるなというような行動をわざわざすることがあるのです。もちろん、暴力行為をする生徒が皆このような生徒とは限りません。本人が納得いく生活に、どれだけ一緒に考えていくことができるか大切なように思えます。

 K君もそのような生徒の一人でした。彼は、スポーツもピアノも進学塾もこなしてきたいわゆるいい子で、知的価値の優先という能力主義の階段を疑問を持つことなく登ってきました。人に負けない学力をつける。そういう父母の要請を自分の魂にまでしてしまったのでしょう。相当な無理を積み重ねながら、それでも努力して来たのです。

ところが中学3年から、突然暴走族の仲間に入り逸脱した行動をするようになりました。学校で相当な学力をつけること、それは父母の期待に添うことでしたが、同時にK君にとっては仮の「わたし」を補強するものでしかなかったのでしょう。それまで取り入れてきた価値観を再構成する時期に、K君は自爆自棄の態度をとることが多くなりました。自分を自分らしく生かせる場を、改めて求め始めたのでしょう。

 大きな暴力事件を起こした後、私と話をしたときに、「小さいときから自分は親に押さえつけられていた。だからと言って、自分は親に反発していろいろ悪いことをしてきたわけではない。自分のストレスのあてる場所がなくなって、そういうことを今までしてきたのかもしれません」と語っています。父親は、地域ではPTA会長や、町内会の連合会長をする著名人でした。逸脱行動をしながらも、親の期待の大きさと悲しみに思いを寄せることができる心憎い心情を持っていました。

 K君は、最後には「学校」を捨てることで、能力主義にとらわれてきた自分、父の願望を自分の生き方にしてきた人生に決着をつけ、退学を選択し自立への旅に出発したのです。学校を続け卒業してもらいたい、それが私たちの願いですが、今までの「わたし」をくずし「新しい自分」づくりのために学校を退学する、そういう場合もあるのです。

 学校は、子どもが生きていく道を探す場の中の一つです。生きていくことの目標は、自分が自分らしく生き生きと暮らせることではないでしょうか。そこにたどり着く道が人によって異なっているだけではないでしょうか。人がうらやむような大学を卒業しても、生き生きしていなければ、こんな悲しいことはありません。知的学習能力は、必ずしも豊かな人間関係の力とは結びつきません。生き生きとした生活ができるようになることが、教育の本来の望みです。

 「学校に行かせる」のではなく、「子どもを生かせる」道は何なのかを、私たち大人は子どもとともに十分に考えていくことが必要ではないでしょうか。もがき苦しむ彼らの内面には、とても辛く苦しい思いが秘められていることがあるのです。

 さて、K君のようにやむを得ず進路を変更した場合でも、社会生活の中で自分自身を見つめ直し、改めて学校が必要になった場合は、再入学する様々な道が開かれています。定時制には、社会経験を積み入学してくる生徒は少なくありません。K君のような生徒は少ないのですが、自立にもがき苦しむ生徒にとって学校って何か、それは私たちにとっても大きな課題のような気がします。

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