■「気持ち・感情を希望を持てない子どもたち

■ネガティブな親 


 子どもが何もせず意欲がないという相談が時々あります。親の影響が背景にあることが珍しくありません。
 友達もいなく家族とも話をしない、意欲がなく心配というので家庭訪問をして本人と話をすると、意外によく話をするし様々なことに関心を持っていたりするのです。ところが夫婦関係や子どもとの関係がもつれていて、子どもは不安で動けないでいる場合があります。


 校内で手をつないで歩いているカップルの子に、「お母さん、お父さんのようになれるといいね」と話しかけると「いやだぁあんなの」と否定的な反応がほとんどです。親が中高年になりラブラブでないからでしょうか。そうではなく親は、口うるさく干渉的で自分を尊重してくれない、疲れた、怒鳴るなどネガティブな態様が多いのです。


 たとえば、叱る時に「誰のおかげで食べられると思っているんだ」と言われると、子どもは返す言葉がなく押し黙るしかありません。
 小遣いを欲しがる子どもに、「このお金を稼ぐのにどのくらい働かなくちゃいけないか、仕事の大変さが分かるか」と仕事の苦労を語ります。働くことは苦だけでなく喜びも楽しみもありますが、そういうことはあまり語らないようです。それでは、働くことへの嫌悪感を増すだけになるでしょう。やがて仕事へのあこがれがなくなり、受験への熱意も冷めていきます。
 帰宅も遅く多忙な夫を責めている母親。家計を支えてくれる夫への感謝の言葉はありません。すると仕事で家族を顧みない父のようになりたくない、子どもは楽な仕事のほうがいいと意欲が無くなっていきます。


 このように、親が意識しないで語る言葉が子ども達の意欲や元気を奪っていることがあります。難しくなった子どもは、親の姿を自分の将来に重ね合わせ、人生頑張ったってしょうがない、楽に生きられればいい、親のようになりたくない、人生こんなもの、つまらないと刹那的な生き方や無気力になっているのです。

■モデルは私


 「うちの親はハンパじゃなく怒る。強いように見えるけど、芯は弱いところがある」「ギャアギャアいうけど、何も分かってない」「成績に口出さないでほしい、自分だって頭よくないくせに」。こんなふうに、子ども達は親がどんな人間であるか冷静に見ています。


 思春期になると、親と子の関係から対等な人としての人間関係が始まります。子どもを動かそう動かそうとすると見透かされてしまいます。自分に非があったり、都合が悪かったりして負担をかけるとき「ごめんなさい」と素直に謝ってみましょう。子どもは親の言うことを聞くものという価値観を持っているとごめんなさいは言えないものです。また親自身の自己肯定感が低いと自己価値観が下がるように思えなかなか言えません。


 子は親がどんな親か言葉にはださなくても、親のことは感覚的に分かっているのです。ですからそんなに心配をしなくても大丈夫。言い過ぎたと思ったら「ごめんなさい」、ふだんの行いに「ありがとう」と言ってみましょう。


 いつも強がっていた親がごめんなさいと言った後、子どもの荒れていた声が穏やかになったという例は多いのです。この言葉は一人前の人として対応しますというメッセージですから、自分が尊重されていると感じるのです。


 子どもは地域や学校で生き方のモデルとなるような人になかなか出会えません。親は子どもにどう言ったら、どうしたら思うとおりに動いてくれるかを考えるのではなく、親自身がどのように心を穏やかにし、どのように生きていたら子どもがそれを手本にしてくれるかを考えたいものです。ごめんなさいといえる私もすてきなモデルです。


 そして、早くお母さんやお父さんのようになれるといいね、嫌なこと疲れることもあるけど、楽しいこともたくさんある。お父さん、お母さんは人生楽しいと思うよ。私達にみたいになってごらんと伝えられるような私になりたいものです。そのためにも、夫婦はお互いにいたわり合えるようになりたいものです。


どもたち」

 高橋健雄

 

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