■うそ 

 「なぜ分からなかったの?」というような出来事が時として起こることがあります。転校生のA君のケースもそうでした。

彼は物静かで目立ちません。バイトでお金が入るとたまに飲み物をおごってくれる。人付き合いは少ないが、話し始めると人なつこく気のいいヤツ。そんなふうに思われていたのです。

夏が過ぎると周りがざわついてきました。

「今度あいつをぶん殴る。」「ボコボコにする」という声がちらほら聞こえてくるのです。しかも、それが一人や二人ではないから騒然としてきたのです。

けれどもA君は動じることなく廊下の片隅に立ち、いちも携帯電話で話しをしているか、耳にヘッドフォンをつけ周囲と遮断しています。

M男に事情を聞くと、騙されたと言います。「ギターを譲る」というので「金を渡しても持ってこない」。S男は「芸能人の○○を紹介してやるよ。この夏にTBSでバイトして、知り合いになった。今度TBSに行こう。」と言われた。行く日を相談しても、「後で」と言うばかりでどうも信用できない。この他にも「別荘があるから遊びに行こう」「バイクをゆずる…」というような話。こうして、次から次へとA君の「嘘」が明らかになってきたのです。

鉄拳制裁になりそうな生徒を押さえるのは一苦労します。暴力厳禁の話の後、彼は村八分のようになり、誰もが関わりを持たなくなってしまったのでした。あるとき、側を通りかかった子が「あいつ、うざってぇ、消えろよ」とつぶやいたのです。不機嫌だったA君は、瞬間的に相手を蹴っていました。いさかいになり、私が時間をとってA君の相手をすることになるのです。

 

彼は、いわゆる虚言癖です。上手な話し方で多くの生徒が信用していたようです。つじつま合わせもなるほどと思われるものばかり。TBS近くで交通量測定のアルバイトをしたことがあり、芸能人を垣間見たことも事実。砂粒をダイヤに変貌させる話術は巧みで、どこまでが真実でどこまでが幻想か惑います。

学校で全く友人のいなくなった彼が、四六時中廊下で携帯電話する友人がいるのだろうか。会話の相手がいない一人芝居だったのではと疑問になるほどでした。

 

雑談や普段の日常生活には能弁な彼も、家族と生い立ちに触れると塞いでしまいます。積もった感情で心が凍結していることが分かります。くり返しA君との会話を持って少しずつ語り始めました。

進学塾に通う「弟が90点とったのに、お前は20点」といつも母に怒鳴られる。挙げ句の果てに「弟に教わりなさい」と言われる。彼は分数の計算も簡単な因数分解もできない。母は「お前はお父さんの悪いところと、私の悪いところを掛け合わ さって生まれてきた」と言うのが口癖という。

「こんな風に言われて君はどう感じるの?」

しばらく無言が続く。そして

「頑張れと言っているように思う」。

「本当にそう思うの?」「はい」。

「君の心からの気持ちだよ、どんなふうに感じるかだよ」と聞いていくと、やがて「むかつく」。この一言の表現に幾時間かかったことだろう。 

心を閉ざしているのは、内心を開かすことの大きな怖れにとらわれているからだろう。自分の気持ちを見つめること、それは援助者がどのくらい相手の心に寄り添えるかが問われる。嘘を責められたことは、過去にたびたびあったようだ。しかし「私の気持ち」を聞いてくれた人はいないという。 私が心がけていることは、親への鬱屈した感情を表現できるようになること。こうして子どもの心は いくらか解放され、生き直しが始まるように思う。これは大人でも同様ではないだろうか。

虚言癖の子どもは、表面的には言葉が豊富で饒舌のことがある。しかし感情表現が苦手で友達との共感性に乏しいことが多い。情緒的な交流が少ないから友達もいない。これは、自尊心が途方もなく大きく傷つけられて来ているのだろう。 だから自信も夢も希望も持てなくなってきているのだ。その結果、一時でもいいから私にかかわりを持って欲しいとの潜在意識の叫びが嘘をつかせるのだろう。自尊感情や自己肯定感を豊かに育むことの重要性をしみじみと感じる。

A君は、父母が結婚した翌年に生まれた。父は誕生直後に一年間の海外研修。母は姑との同居で苦労の多い時期で、一番大変な時期に父が不在だったという。母の気苦労を父は知らず、家庭は今も父親の影が薄い。

「お母さん、兄弟を比較するのは止めていただけませんか。」

「私には私のやり方がありますから」。

愚痴やストレスのはけ口に子どもがなっていて、残念なことに母のかたくなな様は変わりそうもない。見つめるべきは父と母の心。そう思わざるを得ない悲しい出来事だった。

20001/11/15