■暴走する性

 

 極めて少数ですが、中には逸脱した性の世界に迷い込む子どもたちがいます。

 A子は、学校を休みがちです。久しぶりの登校では普段と変わらず皆に溶け込んでいますが、楽しそうに見えて目は笑っていません。

 「先生、これ。この前にぶたれたとこだよ」。A子の腕には青あざがついています。

「叩かれたときはどうしている?」「やり返すよ。もう殴り合い・・・」。淡々とした語りは常態化を物語ります。

 

 彼女は家庭で穏やかに過ごせず、つかの間の安息は自室にこもっての電話だけ。仕事で多忙な母は内縁の夫を立て、A子には辛く当たるのです。あるとき通話料金が5万円を越え母は激怒し殴りかかりました。離婚して8年、苦労を吐き出すかのように掃除機の筒を振り回し叩くのです。

 

 最近のA子の楽しみは、携帯ネットの世界。外の世界とつながる携帯電話は24時間ONのまま手離せません。メール交換を端緒に短期の家出、いわゆるプチ家出をするようになりました。友達の家への外泊や、オールといって繁華街や公園で一夜を明かすのです。5千円の小遣いはすぐになくなります。やがて「おじさん、お金ちょうだい」と声をかけるようになり、出会い系サイトの男性と援助交際に。

 友達も気にして、もう止めなさい、止めないと友達やってられないと言って努力しています。仲がよかったM子やS子は、「あ〜ぁ、気持ち悪りぃ」と言い、想像するだけで鳥肌が立つといいます。いくら言っても止めてくれないので、友達も離れていくばかりです。

 数年前に退学したB子は、ブランド物のバックに高価なアクセサリーを身につけた姿が印象的でした。父は公務員、母は専業主婦で弟は私学。一見ありふれた家庭ですが、父母の間は冷たく家庭には団欒らしきものはないのです。B子の財布には10万円を越える額が。家庭の話には触れられたくないという拒絶感を漂わせていました。やがて、長時間学校に拘束されるなんて馬鹿馬鹿しいと数ヶ月で退学していったのです。

 C子は、学校では目立つことなく過ごしています。部活で汗を流すことが唯一の楽しみでしたが、統率力のある先輩が卒業してから寄る辺を失い退部。そんな中、携帯でメル友になった30歳近くの男性と夜遊びをするようなり、今では複数の大人と危うい関係になっています。C子の家庭も夫婦喧嘩が絶えません。

 

 少ない例ですが彼女たちに共通しているのは、「この家に生まれて嫌だ」と感じていること。親は「言いつけを守らない、自分勝手で我がままな子だ」と子どもを支配的に見ていて、母親は何かにつけて干渉し、父親は「自分の考えを押し付ける」のです。だから親と顔を合わせての食事はほとんどありません。親は信頼の対象になっていないのです。家に帰ることの嫌悪感と放課後の時間の長さ。その間隙に入り込んでくる大人は、遊びの快楽とお金をもたらしてくれるのです。

 将来よりも“今”“私が”“楽しいこと”を優先する価値観は自己中心的で、性への抵抗感も脆弱となっています。そして「愛があれば」「愛しているから」と許されるセックスは「愛されているから」OKとなって合理化されやすいです。自分を大事にされてこなかった子は、自分の体を大事にすることの方途が見つかりません。

 彼女たちの最大の夢は「ぬくもりのある家庭」。些細な望みですが、とてつもなく手に入れがたい夢です。苦しいときは支えあい、うれしいときは分かちあう。多くの人はそのような家庭を求めているのに、日々の生活の中では仕事や経済観念が優先され、情緒的な感覚はおろそかにされがちです。子どもが求めている「ぬくもり」に親以外の誰が応えられるでしょう。私は、A子の話をただ黙って聞いているだけで、何ができるか逡巡してしまうのです。

2001/8/15  ©