幻想の子ども

 親は頑張り努力して身につけてきた信念や価値観を、知らず知らずに子どもに強いることがあります。ところが得てして子どもは反発してしまうことがあるのです。

 A君もその一人でした。ある高校での指導室。先生と1年生のA君、母親の三者面談でのことでした。彼は自転車の窃盗が発覚し特別指導中です。

  いろいろなやりとりの後、先生は「A君は今、お母さんの事が全く信じられないだろう?」と問いかけたのです。するとA君は「うん」と返事したのでした。実は、三者面談までに、彼は先生に親への不満をあげつらっていたのです。

 これを聞いてお母さんは心の中で「私の何が信じられないの!」と驚愕していました。母親は「人に迷惑ばかりかけて」「何度注意したらわかるの?」「叱っても叱っても、(A君の)態度が改まらないので恥ずかしい」「どうして私の言うことが分からないの」と思っているのです。

 A君の家庭では、母親が何を聞いても「うぜぇ〜」「高校辞める」「こんな家を出たい」と最悪の親子環境でした。母の財布からお金が無くなるなど様々なトラブルが起き、母親はA君を疑惑のまなざしでみていました。いくら注意してもA君の生活は変わらず、対応に困って私に相談に来たのです。

 母親と数回目の話の中で「子どもは僕のことを信じてくれている?と訴えているんですね。どこか子どもを信用できないところがある時は、お母さん自身の中に自分を信じられないものがあるんですよ。怖れや不安、こうすべきと言うように、目の前の子どもではなくこうなって欲しい希望の子ども、幻想の子どもを見ていますよね。何か心当たりありませんか」と問いかけました。

 この後母親は自分の育ちについて語ってくれました。早期に父親が亡くなり母子家庭として育ち家庭の団らんが無かったこと。妹もいたことで進学をあきらめての就職。友人はすべて進学したこともあって、悔しくて毎夜泣いていたといいます。

 努力家の母親は苦労して簿記を学び、小さな会社ですが経理をまかせられています。けれども会社ではどこか負い目を感じています。主人の友人は教員や司法書士など。友人のご主人は弁護士とかで子どもは有名大学。いつも学歴コンプレックスを抱えてきたのです。
 母親は学歴がなく様々なことで苦労してきたといいます。子どもは体質が弱いということもあり、私のような思いをさせたくないと小さいときから勉学に励むように叱咤激励してきたのです。時には怒り、わめき、ののしるように叱った事もあるとか。親の想いの押しつけの末の反抗でした。

 我慢や努力を積み重ねて来た人は、「〜しなければ」「〜すべき」「〜の学校でなければ」等の人生観を生きる支えにしていることがあります。言葉にしなくてもそれを子どもにどこか強いたりすることがあるのです。すると子どもをコントロールしようとして裁くようになります。裁く心には相手を否定する心が生まれます。そうして子どもの声が聞こえなくなるのです。

 「私のような辛い経験をさせたくない、あなたのためよ」という想いには、どこか自分自身のことを肯定していない自分がいます。

 「自分の気持ちを抑え、しっかりしなければという想いにとらわれてきませんでしたか。」

 「人間関係は、あたえた物が受け取る物ですよ」。

 「Aさん自身が親から受けとってきた物、子どもにあたえてきた物は何でしょう。自分を振り返って見つめる作業をしませんか」。この後、私はAさんの母親のこと、辛かった日々のこと等を聞いていきました。

 「私はまだ幻想の子どもを見たいと思いますよ」。そして「私のヒガミなんですよね」とAさんは正直です。 お母さんは、自分の気持ちを聴いてもらえることで、子どもの声に耳を傾けられるようになり、子どもも次第に落ち着いた生活になってきたのでした。

   話すことは、テバナスこと。心苦しい気持ちを手放すと新しいエネルギーが入ってきます。子どもが何か事を起こすなどをしてシグナルを発するときは、母親自身の気持ちを聴いてもらうこと。そういうことの大事さを私は常々感じています。

2006年3月13日